「政」

白川静『常用字解』
「形声。音符は正。正は城郭で囲まれている邑を攻めて征服するの意味で、征服地の人びとから税を取ることを征という。攴(攵)はうつ、むちでうつの意味である。政とは征服した人びとに税を出すことをむちで強制することをいう」

[考察]
正の字形分析と意味の解釈の疑問については1012「正」で述べた。
誤った字形の解釈から誤った意味を引き出すという典型例がここに見られる。正に「城郭で囲まれている邑を攻めて征服する」という意味はないし、政に「征服した人びとに税を出すことをむちで強制する」という意味もない。図形的解釈と意味を混同するのが白川漢字学説全般の特徴である。
政の古典における用例を見よう。
①原文:四國無政 不用其良
 訓読:四国政無く 其の良を用ゐず
 翻訳:四方の国に政治がなく 正しい人を用いない――『詩経』小雅・十月之交
②原文:季康子問政於孔子、孔子對曰、政者正也、子帥以正、孰敢不正。
 訓読:季康子政を孔子に問ふ、孔子対へて曰く、政は正なり、子帥ゐるに正を以てすれば、孰(たれ)か敢へて正しからざらん。 
 翻訳:季康子が政治について孔子に問うと、孔子はこう答えた。“政とは正です。あなたが正義で人々を率いるならば、正しくならない者はいないでしょう ”――『論語』顔淵

①②とも国や社会を治める仕事(まつりごと)の意味である。これを古典漢語ではtieng(呉音でシヤウ、漢音でセイ)という。これを代替する視覚記号として政が考案された。
政の定義が早くも『論語』(上の②)に登場するのは興味深い。「政は正なり」は語源の説明にもなっている。孔子の政治論は言語感覚と密接に結びついている。日本語では「まつりごと」は祭り事で、「祭祀権を持つ者が祭祀を行うこと」から「行政」の意味に転じたという(『岩波古語辞典』)。古典漢語では祭祀のにおいは全くない。白川のいうような征服や侵掠とも関係がない。
政は「正(音・イメージ記号)+攴(限定符号)」と解析する。正は「まっすぐ」というイメージがある。これは空間的にまっすぐ(直線的)というイメージだが、曲がり・ゆがみがない状態であるから、心理的・精神的にゆがんでいない、よこしまでない、正しいという意味に転じる(1012「正」を見よ)。攴は動作・行為に関わる限定符号である。したがって政は乱れやゆがみをまっすぐにする情景を設定した図形。この図形的意匠によって、国や社会の物事を正しく整え治めることを意味するtiengを表記した。