「逝」

白川静『常用字解』
「形声。音符は折。説文に“往くなり”とあり、古くはその場所に往き臨むことをいう。のち人が“しぬ”の意味に用いる」

[考察]
白川漢字学説には形声の説明原理がなく会意的に説くのが特徴である。本項では折からの説明ができず字源を放棄している。
形声の説明原理とは言葉の深層構造に掘り下げ、コアイメージを捉えて、語源的に意味を説明する方法である。ただし意味は文脈から知ることができる。逝は古典に次のような文脈がある。
 原文:二子乘舟 汎汎其逝
 訓読:二子舟に乗り 汎汎として其れ逝く
 翻訳:二人は舟に乗り ぷかぷか浮かんで行ってしまった――『詩経』邶風・二子乗舟
逝はその場から立ち去る意味で使われている。これを古典漢語ではdhiad(呉音でゼ、漢音でセイ)という。これを代替する視覚記号として逝が考案された。
逝は「折セツ(音・イメージ記号)+辵(限定符号)」と解析する。折は「途中で切り離す」というイメージがある(1058「折」を見よ)。また「途中で折れる」というイメージもある。図示する前者は―|―の形、後者はᒣの形や∧の形である。直線が切れたり、曲がったりする形である。辵は歩行・進行に関係があることを示す限定符号である。したがって逝は→の形に進んできたものが途中で方向を変えてどこかに行っていなくなる状況、あるいは、途中で折れ曲がって違う方向に行く状況を暗示させる。この図形的意匠によって、その場を離れ去って元に戻らないことを意味するdhiadを表記した。
その場を去って元に戻らない意味から比喩的に死ぬという意味にも使われる。これは一種の婉曲語法である。