「清」

白川静『常用字解』
「形声。音符は青。青は丹を材料として作られる青色であるが、その色調は清らかなもの、静かなものを感じさせるもので、説文に“朖あきらかなるなり。澄みたる水の皃(貌)なり” という。“水がすむ、すむ、すみとおる”の意味を人に移して、“きよい、きよらか、きよめる”の意味に用いる」

[考察] 
青色→色調が清らか・静か→水が澄むという意味を導く。ほぼ妥当ではあるが、直接青色から意味を導くのは形声を会意的に説く白川漢字学説の特徴が現れている。
それよりも形声の説明原理に従って解釈するべきである。この原理は言葉という視点から、言葉の深層構造に掘り下げ、コアイメージを捉える方法である。
青のコアイメージとは何か。すでに1021「青」で述べたが、もう一度振り返る。青は「生+井(丼)」に分析する。生は生命が誕生したばかりで新しく生き生きしている状態から発想された言葉で、「汚れがなくすがすがしい(清らかに澄み切っている)」というコアイメージがある(1013「生」を見よ)。井は丼とも書かれ、井桁の形、または井戸の中に水のある形で、これも「清らかに澄む」というイメージをもつ(1010「井」を見よ)。青は生と井(丼)という二つの音・イメージ記号を合わせたもので、「すがすがしく澄み切っている」「汚れがなく清らか」というイメージを表すことができる。これが青のコアイメージである。
清は「青(音・イメージ記号)+水(限定符号)」と解析する。清は水が澄み切ってきよらかであることを暗示させる。図形的意匠は水の場面を設定しているが、古典漢語ts'ieng(呉音でシヤウ、漢音でセイ)は水に限定されるわけではない。物理的に澄み切って汚れがない状態をts'iengというのである。これは心理的・精神的な意味、「心や行いに汚点やましいところがない」という意味にも転用される。比喩的転義である。