「勢」

白川静『常用字解』
「会意。埶げいと力とを組み合わせた形。埶は藝(芸)のもとの字で、両手で苗木を土に植え込む形。力は耒すきの形であるから、勢は耒で耕して植樹することを示す。深く耕して植え込むことによって、木が生長の勢いを得ること、自然の生成の力を勢といい、“いきおい、ちから、討ちから出る力” の意味となる」

[考察]
字形の解釈をもって意味とするのが白川漢字学説の特徴である。その結果意味に余計な意味素が混入する。「木の生長」が勢の意味素に含まれるはずはない。
また白川漢字学説には形声の説明原理がなく会意的に説く特徴がある。言葉という視点がないため、言葉の深層を探求せず、表面的に字面をなぞるだけである。だから意味の展開の説明が安易になりがちである。耒で耕して植樹する→深く耕して植え込む→木が生長の勢いを得ると展開させるが、意味の転化に必然性がない。
言葉という視点から勢を見てみよう。勢は制(勝手な振る舞いを押さえる)と同源の語であり、「力で押さえる」「力でコントロールする」というイメージがコアにある。具体的文脈における勢の用例を見る。
①原文:古之賢王好善而忘勢。
 訓読:古の賢王善を好みて勢を忘る。
 翻訳:昔の賢明な王は善を好んだので権勢を忘れた――『孟子』尽心上
②原文:善戰人之勢、如轉圓石於千仞之山者。
 訓読:善く人を戦はしむる勢ひは、円石を千仞の山より転ずるが如き者なり。
 翻訳:人を上手に戦わせる勢いとは、丸い石を千仞の山から転がすようなものだ――『孫子』勢

①は人を押さえつけて従わせる大きな力の意味、②は何らかの力で弾みをつけられたいきおいの意味である。これを古典漢語ではthiad(呉音でセ、漢音でセイ)という。これを代替する視覚記号として勢が考案された。
勢は「埶(音・イメージ記号)+力(限定符号)」と解析する。埶はngiadの音だが、古典では勢を埶と書いたとされているから、thiadの音もあったようである。埶については443「芸」で述べたが、もう一度振り返る。
埶は「坴+丮」と分析できる。坴は「屮(くさ)+六(土を盛り上げた形)+土」の組み合わせで、盛り上げた土の上に草が生えている情景(陸の右側と同じ)。丮は両手を差し出す人の形。したがって埶は「植物に手入れをしている情景」というのが図形的意匠で、植物に手を加えて育てることを暗示させている。ここに「自然のものに手を加えて人工化する」というイメージがある。このイメージは「力を加えてコントロールする」というイメージにも転化する。かくて勢は対象に力を加えて押さえつけ、自分の思い通りにコントロールする状況を設定した図形である。この図形的意匠によって上の①の意味をもつthiadを表記した。