「誠」

白川静『常用字解』
「形声。音符は成。成は作り終えた戈に飾りをつけて祓い清めることを示す。そのように清められた心で約すること、神に誓うこと、またその誓うときの心を誠という。言は神への誓いのことば。それで“まこと、まことにする、まごころ”の意味となる」

[考察] 
形声の説明原理がなく会意的に説くのが白川漢字学説の特徴である。成(戈に飾りをつけて祓い清める)+言(神への誓いのことば)→清められた心で約する、神に誓う時の心という 意味を導く。
誠にこんな意味があるだろうか。図形的解釈と意味を混同している。また成と言の解釈も疑問である(1014「成」、489「言」を見よ)。
意味は字形から出るものではなく、言葉の使われる文脈から出るものである。誠の古典における用例を見よう。
①原文:是故誠者天之道也、思誠者人之道也。
 訓読:是の故に誠なる者は天の道なり、誠を思ふ者は人の道なり。
 翻訳:このように誠こそ天の道であり、誠を思うことが人の道である――『孟子』離屢上
②原文:誠哉、是言也。
 訓読:誠なる哉、是の言や。
 翻訳:真実であるなあ、この言葉は――『論語』子路

①はうそや偽りのない心(真心)の意味、②はうそや偽りでないこと(真実)の意味である。これを古典漢語ではdhieng(呉音でジヤウ、漢音でセイ)という。これを代替する視覚記号として誠が考案された。
誠は「成(音・イメージ記号)+言(限定符号)」と解析する。成は「仕上げてまとめる」というイメージがあり、「中身が欠け目なくまとまる」というイメージ、さらに「欠け目なくいっぱいに満たす」というイメージにも展開する(1014「成」、1029「盛」を見よ)。言は言葉や言語行為と関わる限定符号。限定符号は図形的意匠を作るための場面設定の働きもある。誠はコミュニケーションの場において、欠け目なくいっぱいになった心をもつ状況を設定した図形である。この図形的意匠によって、うそやごまかしのない心を暗示させる。真心を「いっぱい満ちる」のイメージで発想するのは真・実も同じ。これに対しうそや偽りは空っぽのイメージで発想された。これが虚言・虚偽の虚である。