「斥」

白川静『常用字解』
「象形。古い字形 がなくて確かめがたいが、今の字形から考えると、斤おので木を析く形。説文には㡿の字をあげているが、㡿は建物から人が退出する形で、こちらからいえば人が建物から“しりぞく”の意味となる。斥は“しりぞける、おいはらう、うかがう”の意味に用いる」

[考察]
古い形がないと言いながら㡿(篆文の字体)を挙げている。これが古い字形である。斥を「斤で木を析く形」としているが、1047「析」の項でも析は「斤で木を析く形」としており、斥と析が混乱している。斥がなぜ「しりぞける」の意味になるのかの説明もない。不十分な字源説である。
まず斥の意味を確かめよう。斥は古典に次の用例がある。
 原文:患禍不可斥也。
 訓読:患禍は斥(しりぞ)くべからざるなり。
 翻訳:禍はしりぞけることはできない――『韓非子』問田
斥はしりぞける(おしのける)の意味で使われている。これを古典漢語ではt'iak(呉音でシャク、漢音でセキ)という。これを代替する視覚記号が斥である。
字体が㡿→厈→斥と変わったが、斥では意味をなさないので、㡿で考える必要がある。『説文解字』に「㡿は却屋(家を叩き割る)なり」とある。家を壊すことだという。㡿は「屰+广」に分析できる。屰は人の逆さ文字で、「逆方向に行く」というイメージを示す記号である(311「逆」を見よ)。図示すると←→の形である。广は建物に関わる限定符号。したがって㡿は「屰(イメージ記号)+广(限定符号)」と解析し、建物を←→の方向に真っ二つに割る情景を設定した図形である。しかし「建物を壊す」という意味には使われない。「逆方向(←→の方向)に行く」というコアイメージから、→の方向にやって来るものを←の方向におしのけて行かせる、つまりしりぞけるという意味が実現された。これが上記の用例である。