「石」

白川静『常用字解』
「会意。厂と口とを組み合わせた形。厂は山の崖の形。口はᄇで、祝詞を入れる器の形。大きな岩石の類は神霊の宿るところとして祭祀の対象とされることが多かったから、石とは祝詞を入れた器を供えて祭られる大きな“いし、いわ” をいう」

[考察」
字形から意味を導くのが白川漢字学説の方法である。厂(崖)+口(祝詞を入れる器)→祝詞を入れた器を供えて祭られる大きな石・岩という意味を導く。
石にそんな意味があるだろうか。251「岩」でも同様のことが述べられており、石と岩の区別がない。だいたい「大きな岩石の類は神霊の宿るところとして祭祀の対象とされることが多い」というが何の根拠があるのか。また「厂(崖)+口(祝詞の器)」で「いし」の意味が出るとは不自然である。祝詞とは口で唱える文句で、言葉(聴覚言語)である。これを器に入れるとはどういうことか。それを崖の上に置くとはどういうことか。字形の見方も意味の解釈も疑わしい。
白川漢字学説には言葉という視点が欠けている。まず言葉から出発し、その言葉の表記としてなぜそのような図形が工夫されたのかを考えるのが、正しい字源説の筋道である。「字形→意味」ではなく「意味→字形」の方向に説くべきである。石は次の用例がある。
 原文:它山之石 可以攻玉
 訓読:它山の石 以て玉を攻(おさ)むべし
 翻訳:他の山のつまらぬ石でも 玉を磨くくらいの役に立つ――『詩経』小雅・鶴鳴
石は「いし」の意味であって、「大きい」とか「祭られる」などの意味素は含まない。これを古典漢語ではdhiak(呉音でジャク、漢音でセキ)という。これを代替する視覚記号として石が考案された。
石は「厂+口」に分析できる。厂は崖・岸・原・厚・厲などに含まれ、ᒥの形をした崖を表している。口は「くち」のほかに場所(ポイント)を示す符号にもなるが、単純に石ころを四角形のイメージで表したと考えてよい。石は崖の下に石ころが転がっている情景を設定した図形と解釈できる。それ以上の情報は含まれていない。