「隻」

白川静『常用字解』
「会意。隹は鳥。又は手の形。隻は鳥を手に持つ形で、鳥一羽の意味となる」

[考察]
字形から意味を導くのが白川漢字学説の方法である。隹(鳥)+又(手)→鳥一羽という意味を導く。
「隹+又」からは鳥を持つという意味になりそうなもの。鳥一羽という意味が出るだろうか。「字形→意味」の方向に漢字を見ると、図形的解釈と意味にずれが生じ、なぜそんな意味が出るのか分からなくなる。「意味→字形」の方向に漢字を見るべきである。意味は字形から出るものではなく、言葉の使われる文脈から出るものである。だから文脈を尋ねて意味を確かめることが先決である。
隻は次のような文脈で使われている。
 原文:匹馬隻輪無反者。
 訓読:匹馬隻輪反(かえ)る者無し。
 翻訳:[戦に負けて]馬や車が一つも帰って来なかった――『春秋公羊伝』僖公三十三伝
隻はただ一つという意味で使われている。これを古典漢語ではtiak(呉音でシャク、漢音でセキ)という。これを代替する視覚記号が隻である。
隻は雙(=双)に対する言葉で、ペアやカップルに対して、ペアをなさい状態、ただ一つという意味である。図示すると雙は=(二つ並ぶ、平行線)の形であるが、隻は―(まっすぐ、直線)の形である。tiak(隻)という語は適・嫡・梃などと同源で「まっすぐ」というイメージをもつ。まっすぐ(直線)はペアになるものがなく孤立した状態である。
隻は「隹+又」を合わせたもの。一羽の鳥を手に持つ情景を設定した図形と解釈できる。これは図形的意匠であって意味ではない。この図形的意匠によって、「ペアやカップルをなさない」「並ぶものがない」というイメージを暗示させる。かくて上記の意味をもつtiakを隻で表記した。