「惜」

白川静『常用字解』
「形声。音符は昔。説文に“痛むなり” とあって、痛惜という。“おしい、おしむ”の意味に用いる。惜しむは愛おしむ(いとおしく思う)の意味」

[考察]
白川漢字学説には形声の説明原理がなく会意的に説くのが特徴であるが、本項では会意的な説明ができず、字源を放棄している。
惜の古典での用例を見る。
①原文:惜乎、吾見其進、未見其止也。
 訓読:惜しいかな、吾其の進むを見、未だ其の止まるを見ず。
 翻訳:[顔回の若い死は]残念だ。彼は進むばかりで止まることを知らなかった――『論語』子罕
②原文:我國士也、爲天下惜死。
 訓読:我は国士なり、天下の為に死を惜しむ。
 翻訳:私は国士だ。天下のために命を大切にする――『呂氏春秋』長利

①は大事なものを失って心残りがする(おしむ)の意味、②は手放すのが心残りでおしいと思う意味で使われている。これを古典漢語ではsiăk(呉音でシャク、漢音でセキ)という。これを代替する視覚記号として惜が考案された。
惜は「昔(音・イメージ記号)+心(限定符号)」と解析する。昔は「むかし」の意味だが、時間が過去の方向に重なっているので、「多く重なる」というコアイメージがある。「重なる」という空間的イメージは時間的イメージにも転じ、また心理的・精神的イメージにも転用される。惜はいくえにも重なって思いが残る状況を暗示させる。この図形的意匠によって、大事なものを無くしたり、去られたりして、いつまでも心残りがするという意味(上の①)をもつsiăkを表記した。
①から②へ転義すると割愛の愛(おしむ)に近くなる。ただし愛は大切に思って(いとしくて)手放したくないと思う意味だが、惜には「いつまでも心残りがする」という意味素が含まれる点が愛とニュアンスが異なる。