「先」

白川静『常用字解』
「会意。止と人(儿)とを組み合わせた形。止は足あとの形で、古い字形は之と同じで、ゆくの意味となる。人の上に止を加えて、行くという意味を強調を強調し、先行の意味となる」

[考察]
止と之が同じというが、之は「止+一」の形であって、止とは異なる。また先は「先行」の意味というが、これは図形から引き出された意味である。『説文解字』にも「前進なり」とあるが、図形的解釈と意味が混同されている。
意味は字形から出るものではなく、言葉の使われる具体的文脈から出る。古典における先の用例を見よう。
①原文:元戎十乘 以先啓行
 訓読:元戎十乗 先を以て啓行す
 翻訳:先鋒の兵車十両は 先に道を進んで行く――『詩経』小雅・六月
②原文:不自我先 不自我後
 訓読:我自(よ)り先ならず 我自ろ後ならず
 翻訳:[悪い時代は]私より前でも後でもなく、ちょうど今だ――『詩経』小雅・正月
③原文:先卽制人、後則爲人所制。
 訓読:先んずれば即ち人を制し、後るれば則ち人の制する所と為る。
 翻訳:人より先に行えば人を制圧できるが、遅れると逆に制圧される――『史記』項羽本紀

①は空間的に前(トップ)の意味、②は時間的に前(ある時点よりも前)の意味、③は他人よりも前に何かを行う意味(さきだつ、さきんずる)の意味で使われている。これを古典漢語ではsen(呉音・漢音でセン)という。これを代替する視覚記号として先が考案された。
先は「之+儿」と分析する。之は「止(足)+一」を合せて、足が目標めざしてまっすぐ進む情景を設定した図形である(693「芝」、695「志」を見よ)。前に向かう足の部分に焦点を置くと、足さきのイメージを表すことができる。儿は人や人体に限定する符号である。したがって先は人が足さきを前に出して進む状況を暗示させる。これは図形的意匠であって意味ではない。①の意味をもつsenをこの図形的意匠によって表記するのである。