「洗」

白川静『常用字解』
「形声。音符は先。先は止(足あとの形)と人(儿)とを組み合わせた形で、行くの意味がある。その先に水滴を加えている形が甲骨文字にみえる。甲骨文字には舟(水盤の形)に止を加えて歬の形に作る字があり、盤中の水で足を洗う意味の会意の字であった。洗は、“足をあらう、あらう” の意味に用いる」

[考察]
いくつかの疑問がある。先には「行く」という意味はない。先(行く)に水滴を加えてなぜ「あらう」の意味になるのか。また歬は盤中の水で足を洗う意味だというが、歬と洗は何の関係があるのか。歬を「盤中の水で足を洗う」の意味とするのも疑問。これについては1096「前」の項で再論する。
上の字源説は不十分である。まず古典における洗の用例を見ることにする。
①原文:足垢燂湯請洗。
 訓読:足垢コウすれば湯を燂(あたた)めて洗はんことを請ふ。
 翻訳:足に汚れがつくと、湯を温めて洗うことを求める――『礼記』打則
②原文:洗爵奠斝
 訓読:爵を洗ひ斝カを奠(お)く
 翻訳:[宴席で]杯を水で洗い、とっくりを据えて置く――『詩経』大雅・行葦

①はあらう、特に足を洗う意味、②は広く、汚れをあらう意味で使われている。これを古典漢語ではsen(呉音・漢音でセン)という。これを代替する視覚記号が洗である。
古代漢語では何をあらうかによって言葉が違い、髪をあらうことは沐、体をあらうことは澡、衣類をあらうことは濯・浣、物体をあらうことは滌といい、足をあらう場合に洗が使われた。
洗は「先(音・イメージ記号)+水(限定符号)」と解析する。先については1073「先」で述べたが、もう一度振り返る。先は「之+儿」と分析する。之は「止(足、foot)+一」を合せて、足が目標めざしてまっすぐ進む情景を設定した図形である。儿は人や人体に限定する符号である。したがって先は人が足先を前に出して進む状況を暗示させる。前に向かう足の部分に焦点を置くと、先は足先のイメージを表すことができる。また足先はいくつかに分かれて隙間があるので、「隙間から分散する」というイメージを表すこともできる。かくて洗は水を流して汚れを分散させる情景を暗示させる。この図形的意匠によって、上の①の意味をもつsenを表記した。