「扇」

白川静『常用字解』
「会意。戸と羽とを組み合わせた形。羽は左右の翅のあるものであるから、両開きの扉をいう。のち“団扇(うちわ)、おうぎ”をいう」

[考察]
498「戸」では「片開きの扉の形。両開きの扉の形は門」とある。扇と門の区別が字形からは出てこない。また扉と「おうぎ」の関係もはっきりしない。
字形から意味が出てくるわけではない。意味は言葉に内在する概念である。扇を言葉の視点から見るべきである。まず古典における用例を見よう。
①原文:禁扇去笠。
 訓読:扇を禁じ笠を去る。
 翻訳:扇を禁止し、日傘を使わせない――『管子』四時
②原文:豔妻煽方處
 訓読:艶妻煽(さか)んに方(まさ)に処る
 翻訳:あでな妻は[天子の]寵愛を受けて息巻いている――『詩経』小雅・十月之交
③原文:乃脩闔扇。
 訓読:乃ち闔扇を脩む。
 翻訳:[この月になると]とびらを修理する――『礼記』月令

①はおうぎの意味の意味、②は「おある」の意味から、火を煽るように盛んの意味に転じたもの。③はとびらの意味で、区別すると闔は木で作ったとびら、扇は竹や葦で作ったとびら(鄭玄の注釈)。古典漢語では「おうぎ」をthian(呉音・漢音でセン)といい、これを代替する視覚記号として扇が考案された。
最古の文献の一つである『詩経』に煽が出ており(上の②)、扇もすでに存在したことが分かる。しかも煽(あおる)は扇(おうぎ)からの派生であるから、扇は①が最初の意味であることが分かる。とびらの意味は転義である。なぜ「おうぎ」から「とびら」の意味になるかは、言葉の深層構造を捉えないと分からない。
藤堂明保はthian(扇)は単のグループ(単・戦・弾・禅・憚・蟬など)や、坦・壇・顫・展などと同じ単語家族に属し、これらはTANという音形と、「平らか」という基本義があるという(『漢字語源辞典』)。これは「薄くて平ら」というコアイメージと言い換えてもよい。「薄くて平ら」から「平らなものをぱたぱた動かす」というイメージに転化するのは漢語意味論の特徴の一つである。戦や顫には「ぶるぶると震える」という意味がある。扇もまさにこのイメージから実現された語である。薄くて平らな形で、ぱたぱたと揺り動かして風を送る道具が扇である。風を送るようにあおり立てる(また、火を盛んにあおる)という意味を派生する。この意味では後に煽と書かれる。
一方、扇は日光や塵をよける道具としても使われた。ここから「遮蔽する」「遮る」という二次的なイメージが生まれた。馬の生殖腺を遮断するという変わった語にはっきり残っている(騸馬とは去勢馬のこと)。ここまで来ると、なぜ「とびら」の意味が生じたかが明らかである。出入り口を遮断する、または、外から見えないように遮るものが「とびら」の働きである。
最後に字源について。扇は「戸+羽」を合せたもの。戸も羽も薄くて平らなものである。二つのイメージを組み合わせて、「薄くて平ら」というthianのコアイメージを表す図形とした。