「船」

白川静『常用字解』
「形声。音符は㕣えん。㕣にはそうの意味があるから、水の流れにそって上下する舟を船という」

[考察]
字源説としてはほぼ妥当であるが、「水の流れにそって上下する舟」という意味ではなく、ただ「ふね」の意味である。次の用例がある。
 原文:有漁父者、下船而來。
 訓読:漁父なる者有り、船より下りて来る。
 翻訳:船から下りて来た漁師がいた――『荘子』漁父
船を古典漢語ではdiuәn(呉音でゼン、漢音でセン)という。語源について古人は「船は循なり。水に循ひて行くなり」と説いている(『釈名』)。循は「ルートに従う」というコアイメージがある。舟はその構造から発想されたが、船は機能から発想された。板で取り囲んで水の侵入を防いで、水に浮かべるものが舟であるが、流れに従って運行するものが船である。舟と船の違いを方言の違いとする説もあるが、形態や規模の違いであろう。舟は語史が古く甲骨文字まで遡るが、船は戦国時代に現れる。
船は「㕣(音・イメージ記号)+舟(限定符号)」 と解析する。㕣については73「沿」で述べたが、もう一度振り返る。㕣は用例のない稀な記号で、沿の造形のために工夫された記号と考えられる。読みは沿と同じくyiuanとされている。図形を分析すると「八+口」となる。八は↲↳の形に分かれることを示す符号、口はくぼみ・穴の形。「八+口」は極めて舌足らず(情報不足)な図形であるが、yiuanの図形化のための記号と考えれば、水がくぼみから分かれ出てくる情景を設定したものと考えてよい。これによって「ルート(筋道)に従う」というイメージを表している。かくて船は流れに沿って進む舟を暗示させる図形である。これは図形的意匠であって意味ではない。意味はただ「ふね」である。