「戦」
正字(旧字体)は「戰」である。

白川静『常用字解』
「会意。單は上部に二本の羽飾りのついた楕円形の盾の形。盾と戈とを組み合わせて、“たたかう、いくさ、たたかい” の意味となる」

[考察]
白川漢字学説には形声の説明原理がなく会意的に説く特徴がある。單(盾)+戈(ほこ)→たたかうという意味を導く。戦いには防禦の武器と攻撃の武器が必要だから、矛と盾で「たたかう」の意味になるというのであろうか。
白川漢字学説には言葉という視点がなく、言葉の深層構造を探ることもない。字形から意味を求めるだけである。だから字面を表面的になぞることで終わってしまう。そうなるとなぜ戰に戦慄の戦、「ぶるぶる震える」という意味があるのか理解できなくなる。その結果、「顫せん(ふるえる)と同音の語として通用し、“おののく” の意味にも用いる」と、仮借説を取らざるを得ない。
言葉という視点から戰を見よう。まず古典における戰の用例を尋ね、意味を確かめる。
①原文:以不敎民戰、是謂棄之。
 訓読:教へざる民を以て戦ふは、是れ之を棄と謂ふ。
 翻訳:戦争の仕方を教えないで民に戦をさせるのは、見捨てるようなものだ――『論語』子路
②原文:戰戰兢兢 如履薄冰
 訓読:戦戦兢兢 薄冰を履むが如し
 翻訳:びくびくとおののくことは 薄い氷を踏むかのよう――『詩経』小雅・小宛

①はたたかう意味、②は恐怖などで身震いする(おののく)の意味で使われている。これを古典漢語ではtian(呉音・漢音でセン)という。これを代替する視覚記号として戰が考案された。
藤堂明保は單のグループ(単・戦・弾・禅・憚・蟬など)は、扇・坦・壇・顫・展などと同じ単語家族に属し、これらはTANという音形と、「平らか」という基本義があるという(『漢字語源辞典』)。これは「薄くて平ら」というコアイメージと言い換えてもよい。「薄くて平ら」から「平らなものをぱたぱた動かす」というイメージに転化するのは漢語意味論の特徴の一つである。扇・顫には「ぶるぶると震える」というコアイメージがある(1080「扇」を見よ)。戰もまさにこのイメージから実現された語である。戦いやいくさは武器と武器をぶつける行為である。鍔迫り合いは刃物という薄く平らなものがぶつあり合って揺れ動く(振り動く)状況である。このような戦闘場面から発想された言葉がtianであり、この語には「薄くて平らなものが震え動く」というコアイメージがある。
戰は「單(音・イメージ記号)+戈(限定符号)」と解析する。單は獸(狩猟で捕られるけもの)に含まれ、網に似た狩猟用具の図形である(828「獣」を見よ。「単」で詳述する)。ただし実体に重点があるのではなく、形態や機能に重点がある。網のような形態から「薄く平ら」というイメージを表すことができる。薄いものはひらひら(ぶるぶる)と振動するから、「ひらひらと震え動く」というイメージに転化する。戈は武器と関係があることを示す限定符号である。したがって戰は敵と武器を交えて、刃と刃が触れ合ってぱたぱたと震え動く情景を設定した図形。この図形的意匠によって、①の意味をもつtianを表記した。
意味はコアイメージによって展開する。「薄く平らなものが震え動く」というイメージから、上の②の意味に展開する。戦慄の戦はこれである。
ちなみに英語のbattleはラテン語のbattuere(打つ)、battulia(剣や兵士による戦闘)に由来するという(『英語語義語源辞典』)。切ったはったの戦闘場面から生まれた言葉らしい。戰も鍔迫り合いの戦闘場面から発想された語である。語源が似ているのは「たたかい」という行為が同じだからであろう。