「銭」
正字(旧字体)は「錢」である。

白川静『常用字解』
「形声。音符は戔せん。戔は細長い戈を重ねた形で、薄いものを積み重ねた状態をいう。銭は“銅貨、ぜに” の意味に用いるが、説文に“銚すきなり”とあるように、もとは農具の名であった」

[考察]
戔の字解の疑問については1085「践」で述べた。
白川漢字学説には形声の説明原理がなく会意的に説くのが特徴であるが、戔(薄いものを積み重ねた状態)と「ぜに」や「すき」との間に何の関係があるのかの説明がない。不十分な字源説である。
錢は古典に次の用例がある。
①原文:庤乃錢鎛
 訓読:乃(なんじ)の銭鎛センパクを庤ジせよ
 翻訳:お前たちは自分の鍬と鋤を手に取りなさい――『詩経』周頌・臣工
②原文:散鹿臺之錢。
 訓読:鹿台の銭を散ず。
 翻訳:鹿台[殷の宝物庫の名]のぜにをばらまいた――『管子』版法解

①は鍬の類の意味、②は貨幣、ぜにの意味である。古典漢語では①をtsian(呉音・漢音でセン)、②をdzian(呉音でゼン、漢音でセン)という。これを代替する視覚記号しとして錢が考案された。
錢は「戔サン・セン(音・イメージ記号)+金(限定符号)」と解析する。戔は「削って小さくする」というイメージがある(676「残」を見よ)。錢は土や石を削って小さく砕く鉄製の農具を暗示させる。
意味展開はコアイメージのほかにメタファーやアナロジーによっても起こる。②の意味は①との形態的類似性(隠喩)による転義である。