「線」

白川静『常用字解』
「形声。音符は泉。泉は崖の下から流れ落ちる水の形。古くは綫に作り、音符は戔。戔は薄いものを積み重ねた状態をいう。説文に“縷(いと)なり”とあり、“いと、いとすじ、ぬいいと” をいう」

[考察]
形声を会意的に説くのが白川漢字学説の特徴であるが、泉(崖の下から流れ落ちる水)や戔(薄いものを積み重ねた状態)と「いと」の間に何の関係があるのか、はっきりしない。不十分な字源説である。
線は古典に次の用例がある。
 原文:縫人掌王宮之縫線之事。
 訓読:縫人は王宮の線(いと)を縫ふの事を掌(つかさど)る。
 翻訳:縫人[官職名]は宮中で糸を縫う仕事を管理する――『周礼』天官・縫人
線は細い糸筋の意味である。これを古典漢語ではsian(呉音・漢音でセン)という。これを代替する視覚記号しとして線が考案された。線は籀文の字体だが、篆文では綫の字体である。
線は「泉(音・イメージ記号)+糸(限定符号)」と解析する。泉は丸い岩穴から細い水が流れる状況を描いている。泉は狭い穴を穿って湧き出る水だから、「狭い穴」というイメージがある一方、流れの形状に視点を置けば、「細く小さい筋」というイメージもある(1076「泉」を見よ)。線は細い糸筋を表している。
異体字の綫は「戔サン・セン(音・イメージ記号)+糸(限定符号)」と解析する。戔は「戈(ほこ、刃物)+戈」を合わせて、刃物で物をそいだり削ったりする状況を暗示させる図形。剗サン(削る)の原字である。戔は「削って小さくする」というイメージ、また「小さい」というイメージを表す記号になる(1077「浅」を見よ)。綫は小さい糸を暗示させる。
電線の線、直線の線は「細い糸筋」の意味からメタファー(隠喩)によって転義したものである。