「遷」

白川静『常用字解』
「形声。音符は䙴せん。䙴は死者(襾は頭、㔾は下半身が座る形)を廾(両手)で抱えて遷うつす形。辵(辶)は歩く、行くの意味である。遷は屍を板屋にうつすの意味から、すべて“うつす、うつる、かわる” の意味に用いる」

[考察]
字形分析にも意味の取り方にも疑問がある。䙴を「襾+㔾+廾」に分析しているが、襾の部分を間違えている。また「死者を一度板屋に納め、風化するのを待って埋葬する複葬の方法」から、遷を「屍を板屋にうつす」の意味としたが、このような習俗の存在自体が疑わしいし、遷の意味もこんな意味はあり得ない。
形声の説明原理がなく会意的手法で字形から意味を導くのが白川漢字学説の特徴であるが、恣意的な解釈に陥りがちである。
古典における遷の用例を見てみよう。
 原文:出自幽谷 遷于喬木
 訓読:幽谷自(よ)出で 喬木に遷る
 翻訳:[鳥は]小暗い谷間から出て 高い木に移っていく――『詩経』小雅・伐木
遷はA(元の場所やポスト)からB(別の場所やポスト)に移るという意味である。これを古典漢語ではts'ian(呉音・漢音でセン)という。これを代替する視覚記号しとして遷が考案された。
遷は「䙴セン(音・イメージ記号)+辵(限定符号)」と解析する。䙴については1071「仙」で述べたが、もう一度振り返る。䙴の上部の覀は「囟+𦥑」(𦥑の間に囟を入れた形)が変化したもの、大は廾が変化したもの、下部は㔾が変化したもの。𦥑(両手)と廾(両手)を合せると舁になる。だから䙴は「囟+舁+㔾」が組み合わさった形である。囟については633「細」と705「思」で述べたように、赤ん坊の頭蓋骨にある泉門の図形で、「細い隙間」「分かれる」「柔らかい」「ふわふわと軽い」などのイメージを表す記号として用いられる。舁は四本の手(二人の手)の形で、「持ち挙げる」「上に上がる」というイメージを示す記号(340「挙」を見よ。後に「与」で詳述)。㔾はしゃがんだ人(死者を連想させる)。䙴は「囟シン(音・イメージ記号)+舁(イメージ補助記号)+㔾(限定符号)」と解析する。死者の魂が体から分かれ出て空中に舞い上がる状況を想定した図形である。この意匠によって、「元の場所を抜け出て別の場所に移る」というイメージを表すことができる。辵は進行・歩行に関係があることを示す限定符号である。したがって遷は元の場所から別の場所に移って行く状況を暗示させる図形である。
遷とは元の場所やポストから中身が抜け出て別の場所やポストに移るという意味で、遷都の場合は前の都から新しい都に移ること、左遷は前の高位のポストから低位のポストに移ることである。