「薦」

白川静『常用字解』
「会意。艸(草)と廌たいとを組み合わせた形。廌は解廌とよばれる羊に似た神聖な獣で、神判のとき、この獣を用いた。薦とは草を藉いてその上に犠牲の解廌をのせ、神に供え薦めることを示す字である。“神にすすめる、そなえる、おそなえ”の意味」

[考察]獬獬
廌は獬廌カイチ(=獬豸)とも呼ばれる想像上の動物である。有罪か無罪かを判別する力をもつ神獣とされた。そのため法律や裁判官の象徴として利用され、灋(法の古字)に廌が含まれている。
白川は廌を犠牲にして神に供えて薦めるというが、廌は実在のものではあるまい。霊力をもつ神獣を犠牲にするというのも変である。
まず古典の用例を見てみよう。
①原文:醓醢以薦 或燔或炙
 訓読:醓醢タンカイ以て薦め 或いは燔(や)き或いは炙る
 翻訳:[宴席の人に]肉の塩辛を進めて 焼いたり炙ったりする――『詩経』大雅・行葦
②原文:堯薦舜於天。
 訓読:尭、舜を天に薦む。
 翻訳:尭は舜を天帝に薦めた――『孟子』万章上

①は物を差し上げる(進める、供える)の意味、②は取り上げるように進言する意味である。これを古典漢語ではtsan(呉音・漢音でセン)という。これを代替する視覚記号しとして薦が考案された。
薦は「艸+廌」を合せただけのきわめて舌足らず(情報不足)な図形で、何とでも解釈できるが、上の①の意味にかなう解釈をするなら、神獣に恭しく草を供える状況を想定した図形と解釈できる。わざわざ廌を利用したのは法との関係ではなく、神聖なものに恭しく捧げるというイメージを作るためと考えられる。しかし薦の意味は「物を差し上げる」「前に恭しく物を進める」だけであって、神に薦めるという特化した意味ではない。