「鮮」

白川静『常用字解』
「形声。音符は羊よう。羊は羴せんを省略した形。鱻せんは魚の臭、羴は羊の臭をいう字で、鮮はその両者を合せたような字である。その臭が独自のものであるから、新鮮といい、視覚に移して鮮麗のようにいい、“あたらしい、あざやか” の意味に用いる」

[考察]羴
羴も鱻もセンの音である。羴は羊の臭気の意味で、鱻は鮮と同じとされる(『漢語大字典』)。白川は鱻を魚の臭気の意味とし、鮮は羴と鱻を合わせたものだという。そうすると羊や魚の臭気という意味に取るのであろうか。羊や魚の臭気が独特だから新鮮(あたらしい)、鮮麗(あざやか)の意味になったという。しかし嗅覚の「におい」から、視覚の「あたらしい」「あざやか」の意味に転じるだろうか。この意味展開は不自然である。
鮮は語史が古く、次の用例がある。
①原文:昔者楚莊王、鮮冠組纓、絳衣博袍、以治其國、其國治。
 訓読:昔者楚荘王、鮮冠・組纓、絳衣・博袍にして、以て其の国を治む、其の国まる。
 翻訳:昔。楚の荘王は、色鮮やかな冠と紐、赤い衣と広い外套を着けて国を治めたら、国はよく治まった――『墨子』公孟
②原文:其殽維何 炰鼈鮮魚
 訓読:其の殽コウは維(こ)れ何ぞ 炰鼈ホウベツと鮮魚
 翻訳:酒の肴はどんなもの スッポンの丸焼きに生の魚――『詩経』大雅・韓奕
③原文:終鮮兄弟 維予與女
 訓読:終に兄弟鮮(すくな)く 維れ予と女(なんじ)のみ
 翻訳:とうとう兄弟は少なく 俺とお前だけ――『詩経』鄭風・揚之水

①は形がくっきりしている(あざやか)の意味、②は生きがよいの意味、③は少ないの意味で使われている。これを古典漢語ではsian(呉音・漢音でセン)という。これを代替する視覚記号しとして鮮が考案された。
字源は「魚+羊」を合わせただけのきわめて舌足らず(情報不足)な図形で、何とでも解釈できる。語源の歯止めが必要である。古人は「鮮は散なり、析なり、斯なり」と語源を説いている。藤堂明保は鮮は沙・殺・散・灑(洒)・戔などと同源で、これらはSAR・SAT・SANという音形と、「ばらばら・小さい・削ぎ取る」という基本義があるという(『漢字語源辞典』)。以上を参考にすると、sian(鮮)という語は斯・析・洒・洗などと同源で、「ばらばらに切り分ける(分散する)」というコアイメージがあると考えてよい。これが鮮の深層構造である。
語源を踏まえた上で字源を検討すると、鮮は調理の場面から発想されたようである。つまり魚や肉を切って調理する場面を「魚+羊」を合せた鮮の図形で設定したのである。この意匠で「切り分ける」というイメージを表した。このイメージからなぜ「あざやか」と「すくない」の意味が生まれるのか。
のっぺらぼうな状態は何もない空白なので、「はっきりしない」というイメージがあるが、切り分けられて境目のついた状態は「区切りがついてくっきりしている」「区別がついてはっきり見える」というイメージがある。ここから上の①の意味が生まれる。一方、「ばらばらに切り分ける」「分散する」というイメージから数量が少ないという意味が実現される。これが上の③である。
白川は「すくない」の意味は尟セン・尠セン(すくない)の仮借としている。