「然」

白川静『常用字解』
「会意。肰ぜんと火(灬)とを組み合わせた形。肰は月(肉の省略形)と犬とを組み合わせた形で、犠牲として供えられた犬の肉。それに火を加えて焼く形が然で、肉がもえる、“もえる” の意味となる」

[考察]
白川漢字学説は字形の解釈をストレートに意味とする。だから図形的解釈と意味が混同されることが多く、意味に余計な意味素が入り込む。「肉がもえる」の肉は余計な意味素である。
然は古典で次のように使われている。
①原文:若火之始然。
 訓読:火の始めて然(も)ゆるが若(ごと)し。
 翻訳:火が燃え始めたばかりのようだ――『孟子』公孫丑下
②原文:道法自然。
 訓読:道は自然に法る。
 翻訳:道はそれ自体に従い、他の何物にも拠らないことを法則とする――『老子』第二十五章
③原文:知而不已 誰昔然矣
 訓読:知りて已めず 誰か昔より然(しか)らん
 翻訳:人に知られて改めぬ 昔はそんなじゃなかったのに――『詩経』陳風・墓門

①は燃やす、燃える意味、②はそのままに従う(その通りになる)の意味、③はその通りだ(そのようである)と相手に応諾する言葉である。これを古典漢語ではnian(呉音でネン、漢音でゼン)という。これを代替する視覚記号しとして然が考案された。
①と②③は意味が懸け離れている。これらをつなぐものは何か。それは「柔らかい」というコアイメージである。物が燃えると物は変形するが、柔らかくなることも多い。燃やす→柔らかくなるという現象は原因と結果の関係である。燃やすことを古典漢語ではnianというが、これは軟・難・暖・蠕などと同源で、「柔らかい」というコアイメージがある。原因である「燃やす」という行為を「柔らかくなる」というイメージから捉えて発想したものである。原因と結果を入れ換える転義現象を意味論では換喩という。
意味の展開はコアイメージによって起こる。「柔らかい」は物理的なイメージだが、心理的なイメージにもなりうる。例えば若では物柔らかに対応する→相手の言うことに従うという意味が実現される(776「若」を見よ)。また如では物柔らかく相手の言いなりになる→突っ張らないで柔らかく従う(逆らわずに従う)というイメージが生まれる(866「如」を見よ)。同じように然は「柔らかい」から「従う」のイメージに転化し、そのまま・ありのままに従うという意味を派生するのである。これが②③の意味である。
語源の検討の後字源を見る。然は「肰(音・イメージ記号)+火(限定符号)」と解析する。肰は「肉+犬」を合わせたもの。肉は犬に限らず軟らかいものである。特に犬としなければならない理由はないが、犬は食用にもされたから肰という記号を作り、「柔らかい」というイメージを表す記号とした。かくて然は火で燃やして柔らかくする状況を暗示させる。この図形的意匠によって上の①の意味をもつnianを表記した。