「漸」

白川静『常用字解』
「形声。音符は斬。斬は車を作るために、木材を斤おので斬ることをいう。各部の木を斬るのに順序・次第があることから、水につかってしだいに濡れることを漸といい、“ひたす、ぬれる、すすむ” の意味となる。

[考察]
車の各部の木材を斬るのに順序・次第があるとはどういうことか。タイヤ、車体、箱などを作るのに順序があるということか。斬り方に順序があるから、漸は「水につかって次第に濡れる」という意味が出たというが、意味展開の説明が安易である。必然性があるとは思えない。
古典における漸の用例を見る。
①原文:淇水湯湯 漸車帷裳
 訓読:淇水湯湯ショウショウたり 車の帷裳を漸(ひた)す
 翻訳:淇の川は盛んに流れ 車の幌が水に濡れた――『詩経』衛風・氓
②原文:鴻漸于干
 訓読:鴻は干に漸(すす)む
 翻訳:オオハクチョウが岸辺に進んでくる――『易経』漸

①は段々と水に入る(しみ込む、ひたす)の意味、②は段々と進む(少しずつ進む)の意味である。古典漢語では①をtsiam(呉音・漢音でセム)、②をdziam(呉音でゼム、漢音でセム)という。これを代替する視覚記号しとして漸が考案された。
漸は「斬ザン(音・イメージ記号)+水(限定符号)」と解析する。斬は「車+斤(おの)」を合わせただけの舌足らず(情報不足)な図形であるが、「断ち切る」の意味で使われるので、車を作る際に素材に切り込みを入れる情景という意匠が読み取れる。斬には「狭い隙間に割り込む」というコアイメージがある(677「暫」を見よ)。したがって漸は水が狭い隙間に徐々に割り込んでいく状況を暗示させる図形である。狭い隙間に割り込んでいくから、急速ではなく「徐々に」であり、一気にではなく「段々と」である。だから漸は「段々と、少しずつ、ようやく」という副詞的用法もある。浸(しみる、ひたす)も「段々と、次第に、ようやく」という意味がある。漸と浸は同源の語である。