「疎」

白川静『常用字解』
「形声。もとの字は疏に作り、音符は疋しょ。疋は𤕟しょ(とおる)で、爻は荒目の織り目である。疏は𤕟の爻に代えて、梳(くしけずる、くし)の㐬を加えた形である。荒い織り目を通ることから“とおる”の意味となる。疎は音符は疋で、もと疏の俗字。結束のゆるやかなことをいう字であろう」


[考察]
字形の分析にも意味の取り方にも疑問がある。疎は疏から分化した字で、同音だが、意味の守備範囲が違う。語源は同じだが、字源は違う。
疏と𤕟は同音同義の字である(『漢語大字典』)。だから疋を𤕟と同じとするのは間違っている。また疏が梳の右側をとって疏にしたというのも間違い。疏は梳よりも古い字で、梳が疏を利用したものである(『説文解字』に「梳は疏の省声」とある)。また肝心の疋からではなく爻から意味を導き、「荒い織り目を通る」から「とおる」の意味だとするのは漢字の造形法にも背く。また疎は「結束のゆるやかなこと」の意味としているが、どこから「ゆるやか」の意味が出るのか。「目が荒い」から「ゆるやか」になるとしたら、これも筋違いの意味展開の説明である。
古典における疎の用例を見てみよう。
①原文:天網恢恢疎而不失。
 訓読:天網恢恢疎にして失はず。
 翻訳:天の網[法の象徴]は広くて隙間だらけだが悪人を逃さない――『老子』第七十三章
②原文:賢者則親而敬之、不肖者則疎而敬之。
 訓読:賢者は則ち親しみて之を敬し、不肖者は則ち疎んじて之を敬す。
 翻訳:賢者は親しんで相手を敬うが、愚者は遠ざけて相手を敬う――『荀子』臣道

①は隙間が空いて離れている(まばら)の意味、②は人間関係に隙間が空いて遠くなる(うとい、うとんずる)の意味で使われている。これを古典漢語ではsïag(呉音でショ、漢音でソ)という。これを代替する視覚記号しとして疎が考案された。
疎は「疋ショ(音・イメージ記号)+束(イメージ補助記号)」と解析する。疋は足を描いた図形である。しかし実体に重点があるのではなく、形態や機能に重点がある。人間の足は二本に分かれている。だから「二つに分かれている」「ばらばらに離れている」というイメージを示す記号になる。束はばらばらになっている木を紐で束ねた図形で、一本ずつ隙間があって離れているというイメージを表すことができる。したがって疎は隙間が空いて離れているという状況を暗示させる図形である。
疎水・疎通の疎(通す)の使い方は日本的展開である。この場合の正式な書き方は疏水・疏通である。疏の右側の㐬は流の右側と同じで、「流す」ことを示す記号である。水を分けて(水路を開いて)通すことが疏(水を通す意味)である。