「訴」

白川静『常用字解』
「形声。音符は斥。斥のもとの字は㡿であるから、字はまた愬に作る。屰は大を逆さまにした形で、向こうから来る人を上から見た形。説文に“告ぐるなり” とあり、来たり告げて“うったえる”ことをいう」

[考察]
屰は「向こうから来る人を上から見た形」というが、これはどんな状況かはっきりしない。また、これから「来たり告げてうったえる」という意味を導くが、これはどうい意味かはっきりしない。あいまいな字源説である。
まず古典における用例を見てみよう。
①原文:仙聖毒之、訴之於帝。
 訓読:仙聖之を毒し、之を帝に訴ふ。
 翻訳:仙人たちはこれを憂い、天帝に訴えた――『列子』湯問
②原文:訴公于晉侯。
 訓読:公を晋侯に訴ふ。
 翻訳:殿様のことを晋侯に告げた――『春秋左氏伝』成公十六年

①はもめごとなどをしかるべき所に告げる意味、②不平不満を他人に告げる(告げ口する)の意味で使われている。これを古典漢語ではsag(呉音でス、漢音でソ)という。これを代替する視覚記号しとして訴が考案された。
訴の右側は㡿→厈→斥と変化したものである。屰は大の逆さ文字で、斥は「逆方向に行く」というイメージがある。これは「→の形に来たものを←の形に行かせる」「逆方向にはね返す」というイメージに展開する(1043「斥」を見よ)。 →の方向に来る圧力を押しのけて、←の方向に言葉で告げる状況を暗示させる。もめごとや不平不満な事態を無理に逆らってでも他人やしかるべき所に申し出て解決を図ろうとする行為をsagといい、訴で表記するのである。
古代の日本人は訴に「うったえる」の訓 を与えた。「うったふ」はウルタフが古形で、「不平や遺恨などを申し立てる」の意味という(『岩波古語辞典』)。古典漢語の訴とほぼ合っている。