「掃」

白川静『常用字解』
「形声。音符は帚そう。説文に埽を掃の字としているが、文献にはみな掃の字を用いる。帚は木の先端に細かい枝葉などをつけて箒の形をしたもので、これに香りをつけた酒をふりかけ、祖先の霊を祭る廟の中を祓い清めるのに使用した。帚を手に持って廟の中を祓い清めることを掃といい、“はらいきよめる、はらう” の意味となる」

[考察]
形声の説明原理がなく会意的に説くのが白川漢字学説の特徴である。帚(廟の中を祓い清める帚)+手→帚を手に持って廟の中を祓い清めるという意味を導く。
会意とはAの意味とBの意味を足した「A+B」をCの意味とする手法である。この手法では、字形の解釈をストレートに意味とするから、図形的解釈と意味が混同されることが多い。「帚を手に持って廟の中を祓い清める」というのは図形的解釈であって意味ではない。こんな意味は掃にない。
証拠のない習俗を根拠にして字形を解釈するから、あり得ない意味が引き出された。ひょっとすると漢字の解釈自体が習俗の証拠とされているのかもしれない。
なお文献では埽ではなく掃が用いられるとあるが、『詩経』などでは埽を用いている。
字形から意味を引き出すのが白川漢字学説の方法であるが、間違った方法である。というのは意味とは「言葉の意味」であることは言語学の常識であり、字形の意味ではないからである。字形から意味を求める方法は言語学に反する。では意味はどうして知るのか。言うまでもなく、言葉の使われる文脈から知るのである。
①原文:牆有茨 不可埽也
 訓読:牆に茨有り 埽(は)くべからず
 翻訳:垣根に生えてるハマビシを 掃いてはならぬ――『詩経』鄘風・牆有茨
②原文:振衽掃席。
 訓読:衽を振り、席を掃(はら)ふ。
 翻訳:おくみを振り、座席を払ってごみを取る――『管子』弟子職
①②とも表面をはいてごみや塵を取り除く(はく、はらう)の意味である。これを古典漢語ではsog(呉音・漢音でサウ)という。これを代替する視覚記号しとして最初は埽、後に掃が考案された。
埽は「帚シュウ(音・イメージ記号)+土(限定符号)」と解析する。帚はほうきを描いた図形。ほうきは表面を搔いてごみを取る道具である。だから「表面を搔く」というイメージを表す。埽は地面の表面を搔いてごみを払いのける情景を設定した図形である。後に限定符号を土から手に替えて掃となったが、図形的意匠は変わらない。
sog(掃)という言葉は爪・蚤・搔・捜などと同源で、「ひっかく」「表面を搔く」「搔き回す」というコアイメージがある。