「喪」

白川静『常用字解』
「会意。哭と亡とを組み合わせた形。哭は吅けんと犬とを組み合わせた形で、吅はㅂ(祝詞を入れる器)を二つ並べた形、犬は犠牲として供えられる犬。亡は手足を曲げている死者の形。葬儀に臨んで、ㅂを並べ犠牲の犬を供えて泣き弔うことを喪といい、“しぬ、も、もにつく”の意味となる」

[考察]
字形から意味を導くのが白川漢字学説の方法である。哭(祝詞の器二つと犠牲の犬)+亡(死者)→葬儀に臨んで、祝詞の器を並べ、犠牲の犬を供えて、泣き弔うという意味を導く。これから「しぬ」と「も」の意味になったという。
祝詞は口で唱える祈りの文句で、言葉(聴覚言語)である。これを器に入れるとはどういうことか。なぜ葬儀でこの器を二つ並べるのか。理解するのが難しい。器を並べ犬を供えて泣き弔うという意味が喪にあるだろうか。こんな意味はあり得ない。
字形の解釈と意味が混同されている。これは白川漢字学説の全般的な特徴である。
意味とは「言葉の意味」であって「字形の意味」ではない。漢字が言語を表記する手段である限り、言語を離れるわけにはいかない。白川漢字学説には言葉という視点がないのが大きな欠陥である。
まず古典における喪の用例を見てみよう。
①原文:受祿無喪 奄有四方
 訓読:禄を受けて喪(うしな)ふこと無く 四方を奄有エンユウす
 翻訳:福禄をいただいて失わず 四方の国を支配する――『詩経』大雅・皇矣
②原文:降喪饑饉 斬伐四國
 訓読:喪と饑饉を降し 四国を斬伐す
 翻訳:[天は]死亡と飢饉の災いを下し 四方の国を討ち倒す――『詩経』小雅・雨無正
③原文:夫三年之喪、天下之通喪也。
 訓読:夫れ三年の喪は天下の通喪なり。
 翻訳:三年間の喪を天下共通の儀礼だ――『論語』陽貨

①は物がばらばらになって見失われる意味、②は死亡する意味、③は死者を弔う儀礼の意味である。これを古典漢語ではsang(呉音・漢音でサウ)という。これを代替する視覚記号しとして喪が考案された。
sang(喪)の語源を究明したのは藤堂明保である。藤堂は喪は疎・楚・相・蘇・爽などと同源で、「二つに分ける」という基本義があるという(『漢字語源辞典』)。これは「ばらばらに離れる」というコアイメージと言い換えてよい。物体がばらばらになって(分散して)形がなくなることをsang(喪)というのである。
次に字源を見る。喪は字体が大きく変わった。甲骨文字は木の枝葉が四方に出た形と、二つないし四つの口を合わせた形で、「四方にばらばらに分散する」というイメージを」表わしている。この意匠によって上の①の意味を表わしている。金文では口が四つに亡を合わせた形である。亡は「姿が見えなくなる」というイメージがある。この意匠も①を表わしている。篆文はさらに字体が変わり、「哭+亡」となった。哭は声を上げて泣くこと。亡は「姿が見えなくなる」というイメージから死ぬという意味が実現される。したがって死んだ人に対して声を上げて泣く情景を設定した図形。この図形的意匠は上の②と③を念頭に置いて作られたものである。