「想」

白川静『常用字解』
「形声。音符は相。相はおい茂った木の姿を見ることによって、見る者の生命力を盛んにする魂振りの儀礼をいう。これを他の人の及ぼして、“おもう” ことを想という」

[考察]
白川漢字学説には形声の説明原理がなく会意的に説くのが特徴である。相(見る者の生命力を盛んにする魂振りの儀礼)+心→「おもう」という意味を導く。
魂振りの儀礼を他の人に及ぼして「おもう」の意味になるというのはどういうことか。理解に苦しむ。1119「相」では「盛んにおい茂った木の姿を見ることは、樹木の盛んな生命力をそれを見る者に与え、見る者の生命力を助けて盛んにすることになるので、たすけるの意味となる」とある。意味の展開に必然性がない。
意味は字形から出るものではなく、言葉の使われる文脈から出るものである。
想の用例を古典から見てみよう。
 原文:思舊故以想像兮 長太息而掩涕
 訓読:旧故を思ひて以て想像す 長太息して涕を掩ふ
 翻訳:旧友の姿を思い浮かべると 溜め息ついて涙をこらえる――『楚辞』遠遊
想は対象(姿・イメージ)を思い浮かべる意味で使われている。これを古典漢語ではsiang(呉音でサウ、漢音でシヤウ)という。これを代替する視覚記号しとして想が考案された。
想は「相(音・イメージ記号)+心(限定符号)」 と解析する。相については1119「相」で述べたが、もう一度振り返る。相は「木+目」という極めて舌足らず(情報不足)な図形であるが、見る主体と見られる対象(客体)が向き合う情景を設定した図形と解釈できる。図示すると▯↔▯の形や▯⇄▯の形である。これは「二つのものが向き合う」というイメージである。したがって想は思考の主体(心)が対象(姿・イメージ)と向き合う状況を設定した図形である。この図形的意匠によって、姿やイメージを心におもい描くことを暗示させる。
想は英語のimagineに当たる。これはラテン語のimago(イメージの意味)に由来するという。漢語の想の語源とよく似ている。