「操」

白川静『常用字解』
「形声。音符は喿。喿は多くの口(ᆸで、祝詞を入れる器の形)を木につけ、神に捧げて祈ることをいう。多くのᆸをつけた木を手にかたく持ち、あやつって願いごとが実現するように一心に祈ることから、“とる、もつ、あやつる”の意味となる」

[考察] 
祝詞とは口で唱える祈りの文句で、言葉(聴覚言語)である。これを器に入れるとはどういうことか。多くの器を木につけるとはどういうことか。多くの器をつけた木をあやつって願いごとが実現できるように祈るとはどういうことか。すべてが理解し難い。またそこから「とる、もつ、あやつる」という意味が出るだろうか。「器を木につけ、神に捧げて祈る」から「とる、もつ、あやつる」への意味展開は不自然であり、合理性がない。
字形から意味を導くのが白川漢字学説の方法である。しかし意味が字形にあるのではなく言葉にあることは言語学の常識であろう。字形に意味があるとする学説は言語学に反する。
言葉という視座に立って言葉の深層構造を究明してから字源に進むべきである。言葉がどんな意味で使われているかを古典で確かめるのが先決である。操は次の用例がある。
①原文:猶未不能操刀而使割也、其傷實多。
 訓読:猶未だ刀を操(と)りて割かしむる能はざるなり、其の傷実に多し。
 翻訳:まだ刀を取って人を切らせることができない。[もしそうすると]まことに傷が多くなるからだ――『春秋左氏伝』襄公三十一年
②原文:津人操舟若神。
 訓読:津人舟を操ること神の若(ごと)し。
 翻訳:渡し守が舟を操るのは神業だ――『荘子』達生

①は手元にたぐり寄せて物を取る意味、②は手先を使ってうまくさばく(あやつる)の意味で使われている。これを古典漢語ではts'ɔg(呉音・漢音でサウ)という。これを代替する視覚記号しとして操が考案された。
古人は「操は抄(かすめる)なり」と語源を説いている。藤堂明保は抄のほか、繰・巣・剿・鈔とも同源とし、「上に浮く、表面をかすめる」という基本義があるという(『漢字語源辞典』)。表面を搔くようにして手先をうまく使って動かす行為が操である。
操は「喿ソウ(音・イメージ記号)+手(限定符号)」と解析する。喿は品は品物の品ではなく、口(くち)を三つ重ねて、多くの口が音を発する様子を表す。「品+木」は木の上で鳥が口々に鳴き騒ぐ情景を設定した図形である。『説文解字』に「喿は鳥群がり鳴くなり」とある。喧噪の噪の原字である。多くの声が上に上がる状況から「表面に浮き上がる」というイメージを表すことができる。このイメージは「表面をかすめる」というイメージに展開する。上記の語源で究明されたコアイメージを喿で表すことができる。かくて操は表面をかすめてこちらの方へたぐり寄せる状況を暗示させる図形である。この図形的意匠によって①の意味をもつts'ɔgを表記した。