「増」
正字(旧字体)は「增」である。

白川静『常用字解』
「形声。音符は曾。曾は甑の形で、湯を沸かして蒸気をたちのぼらせる釜の上に、食材を入れた蒸し器を重ねたものである。土を積み重ねることから、“ます、ふえる、くわえる”の意味となる」

[考察]
字源説としてはほぼ妥当であるが、「土を積み重ねる」という意味ではない。ただ「ます、ふえる」という意味である。字形から意味を求めると余計な意味素が混ざってしまう。意味は言葉の使われる文脈から求めるべきである。
増は古典に次の用例がある。
 原文:如川之方至 以莫不增
 訓読:川の方(まさ)に至るが如く 以て増さざるは莫し
 翻訳:川の水が至るが如く 勢い増さぬものはない――『詩経』小雅・天保
增は重ねて加える(ふやす、ふえる、ます)という意味で使われている。これを古典漢語ではtsәng(呉音・漢音でソウ)という。これを代替する視覚記号しとして增が考案された。
增は「曾(音・イメージ記号)+土(限定符号)」と解析する。曾は1137「層」で述べているが、もう一度振り返る。曾は焜炉の上に蒸籠を載せた蒸し器で、甑の類を図形化したものだが、実体に重点があるのではなく形態・機能に重点がある。「上に重なる」というイメージを表わす記号とするのである。したがって增は土を幾重にも上に重ねる情景を設定した図形である。この図形的意匠によって、上に重ねて加える、また、段々とふえる意味をもつtsәngを表記する。