「則」

白川静『常用字解』
「会意。鼎と刀とを組み合わせた形。鼎の側面に刀を加える形で、鼎に銘文を刻むこと、またその刻んだ銘文を則という」

[考察]
字形から意味を導くのが白川漢字学説の方法である。鼎(かなえ)+刀(かたな)→鼎に銘文を刻むという意味を導く。
鼎と刀という舌足らず(情報不足)な図形から、なぜ「銘文を刻む」の意味が出るのか。則にそんな意味はない。
図形的解釈と意味を混同するのは白川漢字学説の全般的な特徴である。
意味とは「言葉の意味」であって字形から出るものではない。言葉の使われる文脈から出るものである。則の使われている文脈を尋ねてみよう。
①原文:不識不知 順帝之則
 訓読:識らず知らず 帝の則に順ふ
 翻訳:知らず知らずのうちに 天帝の法則に従った――『詩経』大雅・烝民
②原文:視民不恌 君子是則是傚
 訓読:民を視ること恌チョウならず 君子は是れ則(のつと)り是れ傚(なら)ふ
 翻訳:人の扱い手厚くて 君子はまことに模範的な人だ――『詩経』小雅・鹿鳴

①は従うべき基準・手本・ルールの意味、②は手本・模範とする(のっとる)の意味で使われている。これを古典漢語ではtsәk(呉音・漢音でソク)という。これを代替する視覚記号しとして則が考案された。
則の左側は篆文の字体から貝であるが、それ以前は鼎であった。したがって「鼎+刀」に分析する。鼎は煮炊きする調理用具である。刀はナイフや庖丁の類と考えてよい。調理に付き物の道具である。「鼎+刀」でもって鼎(本体)の側にナイフ(付き物)が添えてある情景を設定した図形である。この図形的意匠によって「本体のそばにくっつく」「くっついて離れない」というイメージを表す記号になる。この図形的意匠によって、いつもそばに置いて離れてはならない基準となるもの、手本・ルール・法則という意味をもつtsәkを表記する。
白川は「鼎に刻まれた約剤(注―契約の銘文)はそのまま守るべき規則とされたので、則は“のり、おきて、手本、のっとる”の意味となる」と述べる。この意味展開は必然性がない。すべての銘文が規則になるとは限らないだろう。言語外から意味展開を説明する白川説では「則ち」の意味を説明できない。
「(本体の側に)くっつく」というコアイメージから「則ち」の用法が生まれるのである。「くっつく」とは空間的イメージだが時間的イメージにも転用され、「間隔が近い」「時間の間を置かない」というイメージになる。Aという事態が起こると間を置かずにBという事態が引き続いて起こる場合に「A則ちB」というのである。