「息」

白川静『常用字解』
「会意。自は正面から見た鼻の形。これに心を加えて、心の状態がいき、呼吸に表れることをいう。それで大息・太息(大きなためいきをつくこと)のようにいう」

[考察]
息は「心の状態がいき、呼吸に表れる」という意味があるだろうか。これでは、心で嘆いて、その結果溜め息が出るという限定的な意味になってしまう。大息の息も普通の「いき」の使い方であろう。字形から意味を読むのが白川漢字学説で、字形に囚われるから、「心の状態がいき、呼吸に表れる」といった意味が出てくる。
意味は「言葉の意味」であって字形から出るものではない。言葉の使われる文脈から出るものである。息は古典で次の用例がある。
①原文:維子之故 使我不能息兮
 訓読:維(こ)れ子之故に 我をして息すること能(あた)はざらしむ
 翻訳:あたなのせいで 息ができませぬ――『詩経』鄭風・狡童
②原文:予美亡此 誰與獨息
 訓読:予が美は此(ここ)に亡し 誰と与(とも)に独り息(やす)まん
 翻訳:愛しい人は逝ってしまった 誰と一緒に休もうか たった一人で――『詩経』唐風・葛生

①はいき(呼吸)、また、いきをする(呼吸する)の意味、②は一息ついて安らぎを得る(休む)の意味で使われている。これを古典漢語ではsiәk(呉音でソク、漢音でショク)という。これを代替する視覚記号しとして息が考案された。
息は「自+心」に分析する。自は鼻の形で、鼻という意味はないが、鼻のイメージは表せる。心は心臓の形であるが、胸の辺りを示すことができる。二つとも呼吸と関係がある。「自+心」によって、胸から鼻を通して気を出し入れする状況を暗示させる。
siәk(息)という言葉は思・司・塞・色などと同源の語で、「狭い隙間を通して出入りする」というコアイメージがある。これらの語の語源を最初に指摘したのは藤堂明保である。
意味は「いき」との関係で展開する。呼吸が生命の存在と持続に関わるという認識から、生きる意味(消息・生息の息)、子を生む、また生まれた子の意味(息女・子息の息)、生み出された小さなものの意味(利息の息)に展開する。また、呼吸が心身に影響し安らぎをもたらすことから、上の②の意味(休息・安息の息)、また、活動をやめる意味(息災・終息の息)に展開する。