「速」

白川静『常用字解』
「形声。音符は束。束は雑木をたばねてくくる形。古い字形には欶そくを要素として含むものがあり、欶(すう)は束ねるときの激しい息遣いをいう。その急速な息遣いの意味をとって、“はやい、すみやか” の意味となる」

[考察]
白川漢字学説には形声の説明原理がなくすべてを会意的に説く特徴がある。本項では束から会意的に説明できないので、欶から説明している。すう→束ねるときの激しい息遣い→急速という意味を導く。
欶はサク・ソクと読むときは「吸う」、ソウと読むときは漱と同じで「うがいをする」の意味である。欶に「束ねるときの激しい息遣い」という意味はあり得ない。欶(吸う)から「速い」の意味を導くのは必然性がない。回りくどい字源説である。
古典における速の用例を見る。
①原文:欲速則不達。
 訓読:速やかならんと欲すれば則ち達せず。
 翻訳:事を速くしようと思うと目的を達成しない――『論語』子路
②原文:雖速我訟 亦不女從
 訓読:我を訟に速(まね)くと雖も 亦女(なんじ)に従はず
 翻訳:私を裁判に呼んだとて お前には従わぬ――『詩経』召南・行露

①はスピードがはやい意味、②はまねく意味である。これを古典漢語ではsuk(呉音・漢音でソク)という。これを代替する視覚記号しとして速が考案された。
速は「束(音・イメージ記号)+辵(限定符号)」と解析する。束は1156「束」で述べた通り、束ねるという行為のコアに「縮める」というイメージがある。辵は歩行・進行に関わる限定符号である。したがって速は歩幅を縮めてせかせかと進む情景を設定した図形。これはスピードを出した進み方、つまり走る行為を念頭に置いた意匠作りである。走るという意味を表すのではなく、上の①の意味をもつsukを速で表記するのである。
古典漢語では「はしる」という行為を「縮める」というコアイメージで捉えて造語する。走・趣・趨・騶には「縮める」というコアイメージが共通にある。これらは速・束・足・促・宿・縮などとも同源である。
「速(まね)かざる客」という場合の速は「まねく」の意味であるが、なぜ「速い」を意味する語に「まねく」の意味もあるのか。これはコアイメージを考えないと説明できない。速のコアイメージは「縮める」である。空間的イメージと時間的イメージを同時に含んでいる。時間的には「時間の間隔がない」「間を置かない」というイメージで、これが心理的イメージとしては「間を置かずにせかす」「促す」というイメージに転化する。だから相手を促して誘い寄せるという意味が生まれる。これが上の②である。