「族」

白川静『常用字解』
「会意。㫃えんと矢とを組み合わせた形。㫃は吹き流しをつけた旗竿の形で、氏族旗をいう。矢は神聖なものとされ、神に誓うときには矢を折るようなしぐさをして誓ったらしく、矢ちかうとよむ。族は氏族旗のもとで誓約する儀礼を示し、その氏族の誓約に参加する“やから”の意味となる」 

[考察]
字形から意味を引き出すのが白川漢字学説の方法である。 㫃(氏族旗)+矢(誓う)→氏族旗のもとで誓約する儀礼という意味を導く。
ここで疑問。㫃は旗を示す限定符号として旗・旒・旄・旆・旒などに使われるが、なぜ氏族旗なのか。族が氏族の意味だから、㫃を氏族旗としただけではあるまいか。また矢は確かに「ちかう」の意味もあるが、神に誓うときに矢を折るしぐさをするから矢に「ちかう」の意味が出たとするのは、臆測に過ぎない。また族に「氏族旗のもとで誓約する儀礼」とか「氏族の誓約に参加するやから」という意味があるだろうか。そんな意味はあり得ない。だいたい「氏族の誓約」とは何のことか。理解し難い。
意味とは「言葉の意味」であって、具体的文脈に使われる意味である。文脈がなければ意味とは言えない。族は次のような文脈で使われている。
①原文:言旋言歸 復我邦族
 訓読:言(ここ)に旋(めぐ)り言に帰り 我が邦族に復さん
 翻訳:車を返して帰り 一族の元に戻りたい――『詩経』小雅・黄鳥
②原文:族必起於少。
 訓読:族は必ず少より起こる。
 翻訳:多いことは必ず少ないことから始まる――『韓非子』喩老

①は血筋や姓を同じくする集団という意味、②は多く集まる意味で使われている。これを古典漢語ではdzuk(呉音でゾク、漢音でソク)という。これを代替する視覚記号しとして族が考案された。
古人は「族は湊なり、聚なり」と語源を捉えている。dzuk(族)という言葉は湊(寄せ集める)や聚(集まる)だけでなく、叢(くさむら)とも同源の語で、「多くのものや同じようなものが一所に集まる」 というコアイメージがある。
族は「㫃+矢」に分析する。㫃は旗の形である。「㫃(旗)+矢」という極めて舌足らず(情報不足)な図形であり、何とでも解釈ができる。恣意的な解釈に歯止めをかけるのは語源である。上記の通り、dzukという語のコアにあるのは集団のイメージである。集団で行動するものに軍隊や旅行があり、「旅」という字が生まれている。これは旗の下に人が並ぶ情景を設定 している。同じように、旗の下に矢を集めた情景が族と考えられる。軍隊に矢は付き物であるから、「㫃(旗)+矢」によって「同じようなものが多く集まる」というイメージを表しうる。この図形的意匠によって上記の意味をもつdzukを表記した。
「同じようなものが多く集まる」というコアイメージから、形質の似たものの集まりという意味(魚族・語族の族)に展開する。またコアイメージがそのまま意味として現れることがある。上の②はそれである。 
白川は「氏族員が集まって行う儀礼であるから、“あつまる” の意味ともなる」と述べるが、逆であろう。dzukに「集まる」というコアイメージがあるから、氏族の意味になるというのが意味論的に合理性がある。