「卒」

白川静『常用字解』
「象形。衣の襟を重ねて結びとめた形。死者の衣を襟もとを重ね合わせて、死者の霊が死体から脱出することを防ぎ、また邪悪な霊が入り込むことを防いだものとみられる。それで“しぬ、おわる、つきる、ついに” の意味となる」

[考察]
字形から意味を導くのが白川漢字学説の方法である。死者の衣の襟もとを結ぶ形→死者の霊が死体から出たり、悪霊が入り込むのを防ぐ→死ぬ・終わる・尽きるという意味を導く。
ここで疑問。①衣がなぜ死者の衣なのか。卒に「死ぬ」の意味があることから逆推して死者の衣としたのではあるまいか。②襟元を結ぶことが、なぜ死体から霊が脱出するのを防ぐ(あるいは悪霊が死体に入ることを防ぐ)ことになるのか。「見られる」というように臆測であろう。③その行為からなぜ「死ぬ」「終わる」「尽きる」「ついに」の意味が出るのか。
この解釈では兵卒や士卒の卒の意味が理解できないし、砕・粋・酔なども解釈できない。
字形から意味を導く方法は誤りである。意味は「言葉の意味」であって、字形から出るものではなく、言葉の使われる文脈から出るものである。
古典における卒の用例を見てみよう。
①原文:盜跖從卒九千人。
 訓読:盗跖卒を従ふこと九千人。
 翻訳:盗跖は九千人の仲間を従えていた――『荘子』達生
②原文:無衣無褐 何以卒歲
 訓読:衣無く褐無し 何を以て歳を卒へん
 翻訳:衣もぬのこもなくて なんで年が越せよう――『詩経』豳風・七月
③原文:卒然問曰。
 訓読:卒然として問ひて曰く。
 翻訳:急に質問して言った――『孟子』梁恵王上

①は雑役に従事するもの、召使いや小者、また下級の兵士の意味、②は終える・終わるの意味、③は事態が急である(急に、にわかに)の意味である。古典漢語では①をtsuәt (呉音でソチ、漢音でソツ)、②をtsiuәt(呉音でシュチ、漢音でシュツ)、③をts'uәt(呉音でソチ、漢音でソツ)という。これらを代替する視覚記号しとして卒が考案された。
①②③は一見無関係の意味のように見えるが、意味の構造を分析し、これらに共通のコアイメージを見出したのは藤堂明保である。藤堂は卒のグループ(卒・粋・翠・酔・砕・焠)には「小さい」という基本義があるという(『漢字語源辞典』)。「小さい」は「細かい」「細い」というイメージや、「小さくまとまる」というイメージにも展開する。以上は語源の話である。次に字源を見る。
『説文解字』に「隷人の事を給する者の衣を卒と為す。卒は題識有る者なり」(小者が着る衣が卒であり、印の付いたものである)とある。これは有力な字源のヒントである。卒は衣に丿(印)をつけた図形と解釈できる。衣に判別する印を付けて、ユニホームを着けた小集団(雑役をする者や兵士など)を表している。この図形的意匠によって上の①の意味をもつtsuәtを表記した。
意味はコアイメージによって展開する。小集団のことから、「小さい」「小さいものがそろってまとまる」というイメージが生まれる。「小さくまとまる」というイメージは「締めくくる」というイメージに転化する。いろいろあった事態が小さくなって締めくくることが「おわる」ということである(上の②)。これから婉曲語法で「死ぬ」という意味にもなる。また「最終的に、ついに」の意味も派生する。
一方、「小さい」という空間的イメージは「(時間の)間隔が小さい」「間がない」という時間的イメージにも転用され、事態が差し迫る(急である)という意味(上の③)にも展開する。
白川は「息をひきとると、とり急ぎ襟もとを重ね合わせるので、卒然のように“にわか”の意味に用いる」と述べている。言語外から意味展開を導くのは合理性がない。