「孫」

白川静『常用字解』
「会意。子と系とを組み合わせた形。系は飾り糸を垂れている形。孫は祖先を祭るとき、尸かたしろとなる子どもに呪的な飾りを加えている形である。祖父を祭るときにはその孫が尸となったので、“まご” の意味に用いる」

[考察]
字形から意味を導くのが白川漢字学説の方法である。系(飾り糸)+子→祖父を祭るときかたしろとなる子→まごという意味を導く。
なぜ系は呪的な飾りなのか、なぜ子がかたしろの子なのか。もし漢字の意味が分からない場合(つまり未解読文字である場合)、「系+子」から「まご」の意味だと分かるだろうか。あらかじめ孫が「まご」の意味だと分かっているから、まご→祖父を祭る人→かたしろになる子→呪的な飾り糸というぐあいに逆推理したのであろう。しかし字形から意味を引き出すのに必然性が感じられない。飾り糸は何のために必要なのかも分からない。
字形から意味を引き出す手法には無理がある。むしろ間違った方法である。「意味→字形」という見方に逆転させる必要がある。古典で意味 を確かめるのが先決である。その意味の語源を検討し、その後で字源に進めるべきである。漢字の見方はすべて「意味→字形」の方向に見るのが正しい筋道である。
孫は次の文脈で使われている。
①原文:齊侯之子 平王之孫
 訓読:斉侯の子 平王の孫
 翻訳:[花婿は]斉侯の息子 [花嫁は]平王の孫娘――『詩経』召南・何彼襛矣
②原文:宜爾子孫 振振兮
 訓読:宜(むべ)なり爾の子孫 振振たり
 翻訳:もっともだ 君の子孫も [イナゴのように]賑やかだ――『詩経』周南・螽斯
③原文:唯女子與小人爲難養也、近之則不孫、遠之則怨。
 訓読:唯女子と小人養ひ難しと為す、之を近づくれば則ち不孫、之を遠ざくれば則ち怨む。
 翻訳:女子と小人だけは付き合いにくい。近づければつけあがるし、遠ざければ恨む――『論語』陽貨

①は子の子(まご)の意味、②は子―子―子・・・と筋をなしてつながる血脈・世代の意味、③は遠慮して後ろに下がる(へりくだる)の意味である。これを古典漢語ではsuәn(呉音・漢音でソン)という。これを代替する視覚記号しとして孫が考案された。
suәn(孫)という言葉は循・遵・遁などと同源で、「ルート(筋道)に従う」というイメージのある語である。基点から前に進むのを図示すると|→の形である。自分を基点にした場合未来に向かって進んでいく世代が子孫である。|→の形は視点を変えれば←|の形にもなる。これは基点から後ろに退くイメージである。ここから③の意味が生まれる。
孫は甲骨文字と金文では「幺(小さい糸の形)または糸(細い糸)+子」を合わせた字体。小さい子を暗示させる図形になっている。篆文では字体が変わり、「系+子」となった。系は糸をつなぐ状況を設定した図形で、「一筋につながる」というイメージを示す記号である(420「系」を見よ)。孫は「系(イメージ記号)+子(限定符号)」と解析する。孫は子―子―子・・・と血脈がつながっていく状況を暗示させる。この意匠によって、上の①②の意味をもつsuәnを表記した。
意味はコアイメージによって展開する。上で述べたように「|→の形に前に進む」のイメージは「←|の形に後ろに下がる」のイメージにも転化するので、③の意味が実現された。後に遜と書かれる。