「損」

白川静『常用字解』
「会意。員は円鼎の形。鼎はもと煮炊き用の三本脚の青銅器で、祭器として用いる。この円鼎の中に入れられている神への供物を減損するの意味であろうと思われる。あるいは鼎そのものを毀損するの意味であるかもしれない。損は鼎の脚を手でこわす、そこなうの意味であろう」

[考察]
字形から意味を導くのが白川漢字学説の方法である。員(円鼎)+手→鼎の脚を手でこわすという意味を導く。
字形の解釈をそのまま意味とするのが白川漢字学説の特徴である。だからしばしば図形的解釈と意味が混同される。「鼎の脚を手でこわす」は図形的解釈であろう。損にこんな意味はあり得ない。だいたい「鼎」と「手」だけの図形からなぜ「こわす」の意味が出るのか、必然性も合理性もない。
字形から意味を求めるのは間違った方法である。意味とは「言葉の意味」であって、字形に求めるものではなく、言葉の使われる文脈から求めるものである。
損は次のような文脈で使われている。
①原文:請損之、月攘一鷄、以待來年然後已。
 訓読:請ふ之を損せん、月に一鶏を攘(ぬす)み、以て来年を待ちて然る後に已(や)めん。
 翻訳:[鶏泥棒が言うには]では数を減らしましょう。月に一羽鶏を盗み、来年になったら止めます――『孟子』滕文公下
②原文:以戰必損其將。
 訓読:戦を以て必ず其の将を損す。
 翻訳:戦争で必ず将軍を失ってしまう――『商君書』慎法
③原文:樂驕樂、樂佚遊、樂宴樂、損矣。
 訓読:驕楽を楽しみ、佚遊を楽しみ、宴楽を楽しむは損なり。
 翻訳:気ままな楽しみ、過ぎた遊び、宴会を楽しむのは有害である――『論語』季氏

①は数量が少しずつ減る意味、②は物がこわれて失われる意味、③は物をこわして害を与える(害する、そこなう)の意味である。これを古典漢語ではsuәn(呉音・漢音でソン)という。これを代替する視覚記号しとして損が考案された。
損は「員(イメージ記号)+手(限定符号)」と解析する。員は「〇+鼎」から変化したもの。鼎の口はほぼ円形であるから「〇+鼎」を合わせた図形が考案された。この意匠によって「円形」「丸い」のイメージを表すことができる(40「員」を見よ)。「丸い」のイメージから「丸い穴」「穴が開く」というイメージに転化する。かくて損は物の一部に丸い穴が開いて欠ける状況を暗示させる図形である。この図形的意匠によって、物の数量が減ったり、質量がこわれて失われる意味(上の①②③)をもつsuәnを表記した。