「太」

白川静『常用漢字』
「形声。音符は大。太は泰の省略形とみてよい。泰は大と廾と水とを組み合わせた形。大は手足を広げて立つ人を正面から見た形で、廾は左右の手を並べた形。泰は水中に落ちた人を両手で助け上げる形で、“やすらか”の意味となる。また“ゆたか、おおきい、はなはだ” の意味に用いる」

[考察]
太の説明はなく、泰から説明し、「やすらか」の意味を導く。なぜ「水中に落ちた人を両手で助け上げる」から「やすらか」の意味が出るのかはっきりしない。また「やすらか」と「ゆたか、おおきい、はなはだ」との関連も分からない。
いったい太はどんな意味か。古典における用例を見るのが先決である。
①原文:執大象、天下往、往而不害、安平太。
 訓読:大象を執りて、天下に往けば、往きて害あらず、安・平・太なり。
 翻訳:宇宙の道をつかみとって天下に行けば、どこに行っても害がなく、身は安らかで、穏やかで、ゆったりと落ち着いている――『老子』第三十五章
②原文:易有太極、是生兩儀。
 訓読:易に太極有り、是れ両儀を生ず。
 翻訳:易には大いなる根源[宇宙の始めの気]があり、これが天地を生んだ――『易経』繫辞伝上
③原文:太盛難守也。
 訓読:太(はなは)だ盛んなるは守り難し。
 翻訳:非常に盛んなものは守りにくい――『墨子』親士

①はゆったりと落ち着いている意味、②はこの上なく大きい意味、③ははなはだの意味で使われている。これを古典漢語ではt'ad(呉音・漢音でタイ)という。これを代替する視覚記号しとして太が考案された。
太は泰の古文の字体である夳から冭→太と変わったものである。夳は大に二(同じものを重ねることを示す符号で、踊り字という)を添えた図形で、大きい上にも大きいということを暗示させる。
大・泰・太は「(空間的にゆったりとして)たっぷりある」というコアイメージがある。上の①の意味はこれから展開する。また②③の意味を派生する。