「怠」

白川静『常用字解』
「形声。音符は台。台は厶(耜すきの形)にᆸ(祝詞を入れる器の形)をそえ、耜を祓い清めて豊作を神に祈る儀礼をいい、その豊作を怡よろこぶのように用いる。そのような神の恩恵を頼みとする心を“おこたる、なまける” というのであろう」

[考察]
白川漢字学説には形声の説明原理がなく会意的に説くのが特徴である。台(耜を祓い清める儀礼)+心→神の恩恵を頼みとする心をおこたるという意味を導く。
台の字解の疑問については1202「台」で述べる。ここでは意味の取り方の疑問を指摘する。 「耜を祓い清めて豊作を神に祈る儀礼」からなぜ「神の恩恵を頼みとする心をおこたる」の意味が出るのか、全く理解不能である。
まず古典における怠の用例を見る。
 原文:式勿從謂 無俾大怠
 訓読:式(もつ)て従って謂ふ勿れ 大いに怠ら俾(し)むる無かれ
 翻訳:[飲む人と]一緒になっておしゃべりするな [飲む人の]気分をだらけないようにさせよ――『詩経』小雅・賓之初筵
怠は緊張を解いてだらける意味に使われている。これを古典漢語ではdәg(呉音でダイ、漢音でタイ)という。これを代替する視覚記号しとして怠が考案された。
怠は「台タイ(音・イメージ記号)+心(限定符号)」と解析する。台については699「始」で述べているが、もう一度振り返る。 
台は「厶+口」と分析する。厶は㠯イと同じで、実は以とも同じである(正確に言うと以に含まれるムの部分と同じ)。㠯(厶・以)は耜の形である。ただし実体に重点があるのではなく機能に重点がある。耜は土を掘り返す道具である。自然に人工を加えるのがその機能である。だから「道具を用いる」「自然に手を加える」「人工を加える」というイメージを厶(㠯)の記号で表すことができる(10「以」を見よ)。「厶イ(音・イメージ記号)+口(場所や物を示すイメージ補助記号)」を合わせた台は、道具を用いて手を加える状況を暗示させる図形である。台も「人工を加える」というイメージを表す記号になる。
自然のままの状態(固い物体・素材など)に人工を加えると軟らかくなる。冶金の冶(金属を溶かす)や、飴(あめ)の台には「軟らかい」というイメージがある。これは物理的なイメージだが、心理的なイメージにも転用できる。固く緊張した精神状態が解けて柔らかくなって、たるんだ状態になるというのが怠の図形的意匠である。これによって上記の意味をもつdәgを表記した。