「泰」

白川静『常用字解』
「会意。大と廾と水とを組み合わせた形。大は手足を広げて立つ人を正面から見た形で、廾は左右の手を並べた形。泰は水中に落ちた人を両手で助け上げる形で、“やすらか” の意味となる」

[考察]
大と泰は音のつながりがあるから形声のはず。1183「太」では太を泰の省略形で大を音符としている。白川漢字学説には形声の説明原理がなく会意的に説くのが特徴である。大(手足を広げて立つ人)+廾(両手)+水→水中に落ちた人を両手で助け上げる→「やすらか」という意味を導く。
水中に落ちた人を助け上げることがなぜ「やすらか」の意味になるのか。必然性がない。 
字形から意味を導くのは無理である。というよりも誤りである。なぜなら意味とは「言葉の意味」であって字形から出るものではないからである。具体的な文脈に使われる意味である。泰は古典に次の用例がある。
①原文:君子泰而不驕。
 訓読:君子た泰にして驕らず。
 翻訳:君子はゆったりと落ち着いていて威張らない――『論語』子路
②原文:天地交泰。
 訓読:天地交泰す。
 翻訳:天地はスムーズに交わり通ずる――『易経』泰

①は摩擦や障害がなくゆったりと落ち着く意味、②はスムーズに通る意味で使われている。これを古典漢語ではt'ad(呉音・漢音でタイ)という。これを代替する視覚記号しとして泰が考案された。
泰は「大(音・イメージ記号)+廾(イメージ補助記号)+水(限定符号)」と解析する。大にコアイメージの源泉がある。大は「ゆったりとして大きい」「ゆとりがある」「たっぷりある」というイメージを示す記号である(1183「大」を見よ)。廾は両手で何かをする動作を示す。水は水に関する限定符号。限定符号は意味領域を指示するほかに、図形的意匠を作るための場面設定の働きもある。したがって泰は水をたっぷり通して汚れを洗い流す場面を設定した図形である。なぜこう解釈できるかというと、沙汰の汰が泰と同源の語で「水を注いで汚れを取る」という意味があるからである。汰と泰は図形的意匠が同じである。しかし泰は「水を注いで汚れを取る」という意味には使われないで、「ゆったりしている」「スムーズに通る」というイメージのある意味に用いるのである。これが上の①②である。「ゆったりしている」は空間的なイメージだが、心理的な状態、さらに物事(社会など)の状態にも転用できる。これが安泰・泰平の泰で、「何事もなくゆったりと落ち着いている」という意味である。