「替」

白川静『常用字解』
「会意。もとの字は暜に作り、竝と曰とを組み合わせた形。竝(並)は正面を向いた人が並んで立つ形で、裁判のときの原告と被告をさす。曰はᄇ(祝詞や誓約を入れる器の形)の中に宣誓文のあることを示し、裁判に当たって神に宣誓するの意味となる。宣誓して争い、裁判に敗れた者は棄てられるので、暜は“すてる” の意味となる」

[考察]
字形から意味を導くのが白川漢字学説の方法である。竝(並ぶ人、原告と被告)+曰(祝詞・誓約を入れる器)→宣誓して争い裁判に敗れた者が棄てられる→すてるという意味になったという。
ここで疑問。竝がなぜ原告と被告なのか。また曰に「裁判に当たって神に宣誓する」の意味があるのか。あったとして、なぜ替が宣誓して争った後に裁判に敗れ、棄てられるという意味になるのか。「竝(原告と被告)+曰(誓約文)」からは、原告と被告が宣誓するという意味になりそうなもの。「すてる」の意味は突飛であり、必然性がない。
字形から意味を導くのは無理である。言葉という視点がないから、恣意的な解釈になりがちである。図形的解釈と意味が混同されている。これは白川漢字学説全般に見られる特徴である。
古典における替の実例を尋ねて、意味を確かめるのが先決である。替は次のような文脈で使われている。
①原文:子子孫孫 勿替引之
 訓読:子子孫孫 替(すた)るる勿(な)く之を引け
 翻訳:子の子 孫の代まで 衰えることなく長続きするように――『詩経』小雅・楚茨
②原文:不替孟明。
 訓読:孟明を替へず。
 翻訳:孟明[人名]を更迭しない――『春秋左氏伝』僖公三十三年

①は新しいものが古くなって衰える意味、②は新しいものや別のものに取ってかわる(入れかわる)の意味で使われている。これを古典漢語ではt'er(呉音でタイ、漢音でテイ)という。これを代替する視覚記号しとして替が考案された。
『説文解字』に「替は廃なり」とある。「すたれる」と「かわる」が基本の意味である。これらの意味はどんな関係があるのか。新しいものが古くなって駄目になることが「すたれる」である。ここに「AがBに取ってかわる」「AとBが入れかわる」というイメージがある。
字源を見てみよう。篆文では「竝+白」「竝+曰」「兟+曰」の三つの字体がある。隷書では「㚘+曰」に変わった。竝・兟・㚘は二つ並ぶ形である。曰と白は動作・行為と関わる限定符号である。上の①の意味は時間という意味素が含まれている。時間的にA→Bに入れかわることである。時間は図形化できないので、空間的表現するしかない。だからA→Bと入れかわることを、二つのものを並べた竝・兟・㚘で表している。これによって古いAから新しいBに移り変わる状況を暗示させたのである。