「卓」

白川静『常用字解』
「象形。大きな早さじ(匙)の形。上部はものをすくう勺の部分、下部はその柄。大きい匙であるから、“すぐれる、まさる” の意味となる。また“つくえ”の意味に用いる」

[考察]
字形の解剖にも意味の取り方にも疑問がある。早に「さじ」のルビがあるのは、1115「早」に「匙の形」とあるからだろうが、早に匙の意味があるはずもない。早と卓が同じであるはずもない。また是も匙の形で、是が小さい匙、卓が大きい匙というのも根拠のない区別である。また大きい匙の意味から「すぐれる、まさる」の意味が出たというのも納得がいかない。
字形から意味を引き出すのが白川漢字学説の方法であるが、誤った方法と言わざるを得ない。意味とは「言葉の意味」であって字形から出るものではない。言葉の使われる文脈から出るものである。卓は古典で次のような文脈で使われている。
 原文:如有所立卓爾。
 訓読:立つ所有りて卓爾たるが如し。
 翻訳:[孔子は]立脚点がしっかりしているから、誰よりも高く抜きん出ているように見える――『論語』子罕
卓は高く抜きん出るという意味で使われている。これを古典漢語ではtɔk(呉音・漢音でタク)という。これを代替する視覚記号として卓が考案された。
古人は「卓は灼なり」と語源を捉えている。藤堂明保はこれを拡大して、tɔkという語は勺のグループ(灼・的)とも翟テキのグループ(擢・躍)とも同源で、「抜きん出る・抜き出す」という基本義があるとした(『漢字語源辞典』)。「高く上がる」というコアイメージと言い換えることができる。↑の形に高く上がっていくと、「抜け出る」のイメージになる。
次に字源は「匕+早」に分析できる。卓の上部は匕の変形である。ただし金文では人、篆文では匕(人の鏡文字)となっている。単に人の形と考えてよい。卓は早の上に人が乗っている姿といった象形的な解釈を取るのではなく、「早(イメージ記号)+人(限定符号)」と解析すべきである。ところで早は時間的に早いという意味だが、卓になぜ早が使われたのか。時間的イメージと空間的イメージは相互転化可能である。一日のうちの早い時間の段階が早である。空間的には先、先頭のイメージである。垂直軸に変えると、↑のてっぺんが先である。だから空間的に上方のイメージを早で表現しうるのである。かくて卓は人の先頭に出ていく情景を暗示させる図形と解釈できる。これは水平軸だが、自由に垂直軸に切り換え可能である。この図形的意匠によって「上に出る」「高く上がる」というイメージを表しうる。
「高く上がる」というコアイメージが具体的文脈では「高く抜きん出る」「他よりもひときわ高く抜け出る」という意味を実現させる。これが卓越・卓見の卓の意味である。
卓子の卓(テーブル)という使い方は近世に現れた。なぜこんな意味が生じたのか。高い脚をつけて高く上がった様式の机の一種を卓というのである。