「拓」

白川静『常用字解』
「形声。音符は石。説文に“拓は拾ふなり” とし、別に摭の字形もあげている。摭は音符は庶。庶は台所で鍋を使って煮炊きする形で、鍋の中の食べ物を拾い取るの意味がある。のち拓は“ひらく”の意味に用いる」

[考察]
「鍋の中の食べ物を拾い取る」は庶の意味ではなく、摭の意味であろう。しかしこんな意味は摭にない。だいたい「鍋の中の食べ物を拾い取る」 とはどういうことか。鍋に残った余り物を取るということか。よく分からない。また「拾い取る」と「ひらく」には何の関係があるのか。
白川は拓に全く違う言葉が同居している(違う言葉に対して同じ表記を用いる)ということに気づいていないようだ。セキの音の場合は「拾い取る」の意味、タクの音の場合は「土地を切り開く」の意味である。後者には次の用例がある。
 原文:拓地千里皆起之功也。
 訓読:地を拓くこと千里、皆起の功なり。
 翻訳:土地を千里も開拓したのはすべて呉起の功績である――『呉子』呉起初見文侯章句
拓は土地を切り開く意味に使われている。これを古典漢語ではt'ak(呉音・漢音でタク)という。これを代替する視覚記号として拓が考案された。
t'akという語は斥のグループ(斥・拆・坼・柝)と同源である。斥は「逆方向に行く」というコアイメージがある(1043「斥」を見よ)。 図示すると←・→の形である。これは両側に裂く、割る、開くというイメージでもある。土地を切り開くことをt'akというのは、この行為の深層にこのイメージがあるからである。
次に字源は「石+手」という舌足らず(情報不足)な図形である。なぜ石をもってきたのか。荒れ地には石が多いということもあろう。また石(dhiak)という言葉がt'akと類似していることもあろう。また石には「中身が詰まる」というコアイメージがあることも関係していると考えられる。そこで拓は「石(音・イメージ記号)+手(限定符号)」と解析する。詰まって固いものをたたき割る状況を暗示させる図形と解釈できる。