「濯」

白川静『常用字解』
「形声。音符は翟。翟は鳥が飛び上がろうとして羽をあげている形。鳥が水面で羽ばたきすることを濯といい、羽をすすぎ洗うの意味となる」

[考察]
濯に「鳥が水面で羽ばたきする」とか「羽をすすぎ洗う」という意味があるだろうか。こんな意味はない。これは字形の解釈から無理に引き出された意味である。白川漢字学説は図形的解釈と意味を混同するのが全般的な特徴である。意味とは「言葉の意味」であって、字形から出るものではない。言葉が使われる文脈から出るものである。古典における濯の用例を見てみよう。
 原文:泂酌彼行潦 挹彼注茲 可以濯罍
 訓読:泂(とほ)く彼の行潦に酌み 彼に挹(く)み茲(これ)に注ぎ 以て罍を濯ふべし
 翻訳:遠いにわたずみで 水を汲み器に注ぎ 酒樽をあらうがよい――『詩経』大雅・泂酌
濯は水にゆすいで汚れを取る意味である。これを古典漢語でdɔk(呉音でダク、漢音でタク)という。これを代替する視覚記号として濯が考案された。
濯は「翟テキ(音・イメージ記号)+水(限定符号)」と解析する。翟は「羽+隹(とり)」を合わせて、鳥の羽が高く上がっている情景を設定した図形。これによって「高く上がる」というイメージを表すことができる。翟は躍進の躍(おどり上がる) や耀(光が高く上がって輝く)などの音・イメージ記号に使わている。洗い方にもいろいろあるが、濯は水中から衣類を高く上げたり下ろしたりしてすすぐ動作を表している。水に上下に揺り動かして洗うことが濯(ゆすぐ)である。
ちなみに「あらう」ことを意味する漢字に濯のほかに、洗・滌・洒・澡・沐・浴・灌・漑・浣などがあるが、それぞれどう洗うか、何を洗うかによって区別がある。