「濁」

白川静『常用字解』
「形声。音符は蜀。説文の川の名とし、玉篇も川の名とし、“また清からざるなり”とする」

[考察]
白川漢字学説には形声の説明原理がなく会意的に説くのが特徴であるが、本項では会意的に説明できず、字源を放棄している。
まず古典における濁の用例を見る。
 原文:相彼泉水 載清載濁
 訓読:彼の泉水を相(み)れば 載(すなは)ち清(す)み載ち濁る
 翻訳:あの泉の水を見ると 澄んだり濁ったり――『詩経』小雅・四月
濁は水がにごる意味である。これを古典漢語ではdŭk(呉音でダク、漢音でタク)という。これを代替する視覚記号しとして濁が考案された。
濁は「蜀ショク(音・イメージ記号)+水(限定符号)」と解析する。蜀については948「触」、1166「属」で述べているが、もう一度振り返る。蜀は目玉の大きな虫を描いた図形である。『説文解字』に「蜀は葵中の蚕なり」とあり、『詩経』の「蜎蜎者蜀」という詩句を引用しているが、現在の『詩経』のテキストでは蠋となっている。蠋はアオムシやイモムシのことで、蝶や蛾の幼虫である。この虫はある種の木の葉にとりついて、食べ終わるまで離れない習性がある。これから「一所にくっついて離れない」というイメージが捉えられ、漢字の造形に使われる(触・属・濁・独・燭・躅など)。
濁は澄(すむ)の反対である。澄は汚れ(不純物)が下に沈んで分離し、上澄みが上に登ることから澄という。これに対し、不純物が内部にとどまって離れない状態を濁という。これが「にごる」ということである。「くっつく」「くっついて止まる」というイメージをもつ蜀を利用して濁という図形が考案された。この図形の意匠は、泥やかすなどの不純物が水中にこびりついて離れず、上澄みが上に出ていかない状況ということである。