「奪」

白川静『常用字解』
「会意。大と隹と寸とを組み合わせた形。大は衣の上半分の形。衣の中の隹が逃げ出そうとするのを手(又、寸)で捕らえようとしている形で、“とらえる、とる、うばう” の意味となる。おそらく死者の衣から鳥形の霊が脱出するのを留める儀礼をいう字であろう」

[考察]
字形の解釈で、大を衣の上半分とするのが問題。衣と関係がありそうにはとうてい見えない。「死者の衣から鳥形の霊が脱出するのを留める儀礼」という解釈に合わせるため、無理に大を衣にしたとしか思えない。だいたい「死者の衣から鳥形の霊が脱出する」とはどういうことか、想像できない。その霊を留めることから、なぜ「うばう」の意味になるのか。
字形から意味を引き出すのが白川漢字学説の方法であるが、無理がある。恣意的な解釈に陥りがちである。意味とは「言葉の意味」であって、字形から出るものではない。
白川漢字学説には言葉という視点がないから、語源を考えない。字源だけから意味を導こうとする。だから字面の表面をなぞった解釈になってしまう。
奪の語源について、藤堂明保と王力は奪と脱を同源としている。脱は「中身を抜き取る」というコアイメージがある(1215「脱」を見よ)。中身を抜き取ることから「うばう」という意味に展開する。古典における奪の用例を見てみよう。
 原文:人有民人 女覆奪之
 訓読:人に民人有れば 女(なんじ)覆(かえつ)て之を奪ふ
 翻訳:他人に臣民があると お前はかえって奪い取る――『詩経』大雅・瞻卬

奪は他人の物を力ずくで取る意味で使われている。これを古典漢語ではduat(呉音でダチ・ダツ、漢音でタツ)という。これを代替する視覚記号しとして奪が考案された。
奪は「奞+寸」に分析する。 奞は奮に使われている。これは「大(大きい)+隹(とり)」を合わせて、鳥が大きくはばたく情景である。それに田を合わせた奮は田から勢いよく飛び立つ情景を暗示させる。奞に寸(手)を合わせたのが奪で、手中にある鳥が手から抜け出て飛び去る情景を暗示させる。これは図形的意匠であって意味と同じではない。「抜け出る」というイメージを表現するための工夫である。中身を無理に抜き取るという意味のduatを奪で表記するのである。