「炭」

白川静『常用字解』
「会意。厂は山の崖の形。山の崖の下で炭を焼くの意味であろう」

[考察]
字形から意味を引き出すのが白川漢字学説の方法である。 山+厂(崖)+火→山の崖の下で炭を焼くという意味を導く。
字形の解釈そのままを意味としている。しかし炭に「山の崖の下に炭を焼く」という意味があるだろうか。 意味はただ「すみ」であって、「すみを焼く」という動詞ではない。
最古の用例は『書経』に「塗炭に墜つ」とあるが、炭を「苦しい境遇」という比喩的意味に使っている。後世の文献である『礼記』には「薪を伐りて炭を為(つく)る」という用例が現れるが、当然「すみ」の意味が最初で、比喩的意味はその後に違いない。「炭」の字の出現は相当早いと言える。ということは炭を作る技術は周代以前に遡ると推測される。
古典漢語では「すみ」をt'an(呉音・漢音でタン)というが、これの語源については誰も述べていない。推測だが、丹や旦と同源の語ではあるまいか。これらは「赤いものが外部に現れ出る」「暗い所から明るい所に現れる」というイメージがある。「すみ」は地中から現れ出るものではないが、赤々と明るい火を作り出すものである。日本語の「すみ」は墨と同じで、煤のような黒色から来ているのであろうが、古典漢語のt'anは赤い光という用途による命名と推測される。
「炭」の字源は白川の言う通り「山+厂(崖)+火」と分析できる。ただし厂は石というイメージを示す記号にもなる(厲・厚など)。そうすると「厂(イメージ記号)+山(イメージ補助記号)+火(限定符号)」と解析できる。火は火と関係があることを限定する符号。山は製造場所を示す。炭は山で作る燃やすための(石のような)固形物を暗示させている。