「嘆」
正字(旧字体)は「嘆」である。

白川静『常用字解』
「形声。音符は𦰩。𦰩は飢饉のとき、ᆸ(祝詞を入れる器の形)を頭上に載せた巫祝が前に手を交叉して縛られ、火で焚き殺されている形である。巫祝を焚いて神に祈ることは未開社会で多く行われていたことで、神に訴える方法であった。口はᆸ。祝詞を唱え、巫祝を焚き、雨を求めて神に嘆き訴えることを嘆という」


[考察]
字形の解剖にも意味の取り方にも疑問がある。まず𦰩の上部は廿であって口(ᆸ)ではない。ここを間違えたため後も間違った解釈になってしまう。
祝詞の器を頭上に載せるとはどういうことか。祝詞は祈りの文句で、言葉(聴覚言語)である。これを器に入れるとは不自然である。「雨よ降れ」と書いた布や板を器に入れたのであろうか。しかし口で祈れば十分なのになぜわざわざ器に入れるのか。
巫女を焼き殺すのは未開社会にあったというが、漢字の生まれた殷代は未開社会ではない。巫女殺しを漢字の解釈に持ち出すのは奇妙である。
嘆を「祝詞を唱え、巫祝を焚き、雨を求めて神に嘆き訴える」の意味としたが、これは字形の解釈であろう。字形の解釈をストレートに意味とし、図形的解釈と意味を混同するのが白川漢字学説の全般的特徴である。
意味は字形から出るものではなく、文脈からしか出てこない。文脈における使い方が意味である。嘆は次のような文脈で使われている。
 原文:有女仳離 嘅其嘆矣
 訓読:女有りて仳離す 嘅として其れ嘆く
 翻訳:男と別れた女がいる 悲嘆にくれてため息をつく――『詩経』王風・中谷有蓷
嘆は悲しんでため息をつくという意味で使われている。これを古典漢語ではt'an(呉音・漢音でタン)という。これを代替する視覚記号として嘆が考案された。
嘆は「𦰩(音・イメージ記号)+口(限定符号)」と解析する。𦰩は現在は単独字ではないが、漢・難などの構成要素となっている。僅・勤などの構成要素である堇キンには𦰩が含まれ、堇と𦰩は同じ働きをする記号である。堇を分析すると𦰩が分かる。
堇は「𦰩+土」と分析できる。𦰩は「革+火」を合わせて、革をあぶって乾かしている図形である。乾くと水分が抜けて無くなる。だから𦰩は「乾く」のイメージのほかに、「尽きる」「わずか」「少ない」というイメージを表すことができる。𦰩に土を添えた堇は乾いた粘土のことであるが、これも𦰩と同じイメージを表すことができる。このように𦰩のグループ(漢・難・嘆・歎)ものグループ(僅・勤・謹・菫・槿)も同源の語として概括することができる。
Aは「水分が乾いて尽きる」というイメージも表せるから、嘆は喉をからして、乾いたような息を出す状況を設定した図形と解釈できる。この意匠によって上記の意味をもつt'anを表記したのである。