「誕」

白川静『常用字解』
「形声。音符は延。説文に“詞誕おほいなるなり” とあり、虚誕・妄誕のように、“いつわる、あざむく、うそをいう、おおきい”などの意味に用いる」

[考察]
白川漢字学説には形声の説明原理がなく会意的に説くのが特徴であるが、本項では会意的に説明できず、字源を放棄している。
「生まれる」の意味については「誕生・生誕のように、“うまれる”の意味に用いるのは字の意味によるのではなく、詩経・生民の“誕ここに厥の月を彌へ、先づ生まるること達の如し”の句によって、誕生という成語になったものである」と述べている。しかしこの詩の誕は発語の助詞(リズムを調節する語)であって、「生まれる」の意味ではない。
古典における誕の用例を見てみよう。
①原文:既誕、否則侮厥父母。
 訓読:既に誕なり、否(しか)らずんば則ち厥(そ)の父母を侮る。
 翻訳:彼はでたらめで人を欺く。そうでなくても父母をばかにする――『書経』無逸
②原文:皇天授命、誕生聖明。
 訓読:皇天命を授け、聖明を誕生す。
 翻訳:天の神は命を授けて、聖人を生みたもうた――『後漢書』梁統伝

①はでたらめの意味、②は子を生む、子が生まれるの意味で使われている。これを古典漢語ではdan(呉音でダン、漢音でタン)という。これを代替する視覚記号しとして誕が考案された。
誕生などの用法は後漢以後発生したもので、①が語史が古い。ほかに『詩経』では発語の助詞や、「どこまでも延びていく」の意味で使われている。
誕は荒誕(でたらめ、とりとめがない)の誕と、誕生の誕が主要な意味であるが、なぜこんな懸け離れた意味があるのか。それは誕のコアイメージと関係がある。「ずるずると延びていく」が誕のコアイメージである。
字源を検討する。誕は「延(音・イメージ記号)+言(限定符号)」と解析する。延は延びるという意味。延びるとは引っ張るようにしてずるずると長く空間を這っていくことである。引き延ばす、ずるずると引いて延びるというイメージである。このイメージを言語行為に限定する。しゃべる言葉がだらだらと延びていって締まりがない、とりとめがない、要するにでたらめという意味になる。この「とりとめがなく、でたらめ」という意味が長期間用いられてきたが、漢(後漢)あたりから「子が生まれる」の意味を持つようになった。一つの理由は音声上の理由がある。「暗い所から明るい所に現れる」ことをtan、danという(旦・丹・但・袒など)。子どもが母胎から生まれるのはまさにこのイメージである。だから同音の誕を「子が生まれる」の意味に用いた。しかしなぜほかでもなく誕か。第二の理由は「ずるずると延びる」というイメージとの関わりである。子が生まれるのは狭い産道をずるずると通って出てくることである。ここに「ずるずると延びていく」というイメージがある。別に子どもが延びるわけではなく、空間を這うように出ていくことも延びるという行為であろう。だから「子が生まれる」の意味をもつdanの表記として誕が選ばれたわけである。