「暖」

白川静『常用字解』
「形声。音符は爰。説文に煖の字をあげているが、煖は煗と同字。おそらく 煗が最初の字であろう。煗は音符は耎ぜん。耎は頭髪を切った巫祝を正面から見た形。飢饉のとき、巫祝を焚いて雨乞いをする儀礼がある。煗・煖・暖は“あたたか、あたたかい、あたためる”の意味に用いる」

[考察]
証拠のない習俗を持ち出して暖の意味を導いている。なぜ巫女を焼き殺すことから「あたたかい」の意味が出るのか、不自然である。「焚く」か「焼き殺す」のような意味になりそうなものである。
字形から意味を導くのが白川漢字学説の方法であるが、誤った方法と言わざるを得ない。というのは意味とは「言葉の意味」であって「字形の意味」ではないからである。意味は字形から出るものではなく、言葉の使われる文脈から出る。文脈がなければ意味を知りようがない。古典では暖は次の文脈がある。
 原文:何所冬暖
 訓読:何(いづ)れの所か冬暖かなる
 翻訳:冬も暖かいという所はどこにあるのか――『楚辞』天問

暖は「(気温が)あたたかい」の意味であることは明白。これを古典漢語では*nuan(呉音でナン、漢音でダン)という。これを代替する視覚記号として暖が考案された。
古くは煗・煖とも書かれた。煗→煖→暖という字体の変化が考えられる。耎は軟(その古字)にも使われる記号である。而は「柔らかい」というイメージを表し(1186「耐」を見よ)、大は「ゆったりしている」というイメージがある(1200「大」を見よ)。耎は「(固さや締めつけがなく)ゆったりとして柔らかい」というイメージを示す記号である。煗は火の熱によって体があたためられ、固さがほぐれて柔らかくなる状況を暗示させる図形。次に耎を爰に入れ替える字体になった。爰は緩にも使われ、「間を開けてゆったりさせる」というイメージを示す記号(239「緩」を見よ)。これは空間的なイメージだが、「緊張した状態を緩める」という身体的・心理的なイメージにも転用される。煖は寒さで緊張した心身を火気であたためて、ゆったりさせる状況を暗示させる。火から日に替えたのが暖で、「爰エン(音・イメージ記号)+日(限定符号)」と解析する。日光の熱気によって心身の緊張を緩める状況を暗示させる図形である。煗・煖・暖の三つとも図形的意匠が似ており、「あたたかい」の意味をもつnuanを表記できる。