「池」

白川静『常用字解』
「形声。音符は也。池は池苑・池亭・城池というように、人工的に作られた堀池をいうことが多く、“いけ、ほり” の意味に用いる。也は蛇の形で、屈曲した形のものをいう」

[考察]
1176「他」では也を蛇の形としながら、他の意味との関連を述べていない。1238「地」では蛇についての言及がない。本項では也は蛇の形で、「屈曲した形のもの」としている。しかし池の意味とどのようにつながるかを述べていない。
白川漢字学説には形声の説明原理がなので、他・地・池・施などのグループ文字(専門的には諧声文字群という)を統一的に説明することができない。 
諧声文字群も視野に入れながら、類似した音と基本義をもつ語群を単語家族という概念にまとめ、統括的に漢語の意味を探求したのは藤堂明保である。藤堂は池のほかに移・它・蛇・舵・他・施・帯・延・曳・洩・世・泄・羨・衍などを一つの単語家族に括り、TAR・TAT・TANという音形と、「うねうねと伸びる・伸ばす」という基本義をもつとした。そして池とは「もとは水を横に引いて流す水路のこと」という(『漢字語源辞典』)。
改めて池の語源・字源を検討する。その前に古典でどのような文脈で使われているかを調べるのが先決である。
 原文:或降于阿 或飲于池
 訓読:或いは阿より降り 或いは池に飲む
 翻訳:[羊や牛は]丘の斜面から降りたり 池で水を飲んだりする――『詩経』小雅・無羊
池は自然と人工に関わりなく水の溜まった所である。湖や沼のように大きなものではない。これを古典漢語ではdiar(呉音でヂ、漢音でチ)という。これを代替する視覚記号しとして池が考案された。
池は「也(音・イメージ記号)+水(限定符号)」と解析する。也については1238「地」で述べたが、もう一度引用する。
也はヘビを描いた図形である。蛇の異体字に虵がある。ヘビの形に它と也があり、後者は地・他・池・馳・弛・施などのグループを構成する。ヘビという実体を用いた字は蛇と虵で、ほかは形態や機能を捉えたイメージが用いられる。ヘビは腹這いして移動するので、「ずるずると横に延びていく」「うねうねと曲がりくねる」というイメージを也で表すことができる。(以上は707「施」の項)
これで池の造形法もはっきりする。也は「うねうねと曲がりくねる」というイメージがあるから、池は曲がりくねった水たまりと解釈できる。これは自然界に普通に見られる池の形状である。一方、「ずるずると横に延びる」というイメージもある。城を取り巻く堀や通水路という意味も表せる。まず自然界における池があり、これから堀や通水路の意味に転義したのである。