「恥」

白川静『常用字解』
「会意。耳と心とを組み合わせた形。心に恥じることがあると、まず耳が赤くなり、はじらいが耳に現れるものであるから、恥は“はじる、はじ” の意味となる」

[考察]
「耳+心」 という極めて舌足らず(情報不足)な図形から「はじる」という意味が出るだろうか。恥は「はじる」の意味だと予め分かっているから、上のように解釈できるが、意味が分からない場合、字形から意味が分かるだろうか。
「字形→意味」の方向に漢字を見るのは誤った見方である。「意味→字形」の方向に見るべきである。意味を知るには文脈しかない。恥は次のような文脈で使われている。
①原文:士志於道而恥惡衣惡食者、未足與議也。
 訓読:士、道に志して悪衣悪食を恥づる者は、未だ与(とも)に議するに足らず。
 翻訳:道を志しながら粗末な衣食を恥じる士は、語るに足りない――『論語』里仁
②原文:不醉反恥
 訓読:酔はずんば反(かへ)つて恥なり
 翻訳:酒も酔わないとかえって恥だ――『詩経』小雅・賓之初筵

①ははじる、②ははじの意味で使われている。これを古典漢語ではt'iəg(呉音・漢音でチ)という。これを代替する視覚記号しとして恥が考案された。
「はじる」とはどういうことか。漢語では「はじる」という心理を「柔らかい」というイメージで造語することが多い。羞恥の羞、恥辱の辱、忸怩の忸と怩、これらはすべて「柔らかい」というイメージがある。ある外的な事態が心理に影響し、柔らかくめりはりのない、きまりの悪い状態にさせることが、これらの語に共通したイメージである。ばつが悪くて心がいじける心理状態を漢語では恥というのである。
字源を見てみよう。「耳(イメージ記号)+心(限定符号)」と解析する。耳はみみであるが、実体に重点があるのではなく、形態・状態に重点がある。それは「柔らかい」というイメージである。これは物理的なイメージだが、精神・心理的なイメージにも転用できる。恥は張りのある心が柔らかくいじける状況を暗示させる。この図形的意匠によってきまりが悪い思いを暗示させようとした。